矢、なんてものは、案外TVや映画の中に溢れているもので。
大掛かりな映画だと、何千本もの矢がCGで表現されて、一斉に放たれ降り注ぐなんて映像もよくみかける。
あるいは弓道などをやっている人は、日常的に弓矢を扱う訳だし、何かの祭事なんかでは矢を射ることもあるだろう。
でも、実際の現実世界で、目の前の地面に矢が飛んできて突き刺さるのを目撃するのは、かなり特異な体験なんじゃないだろうか。
しかも、その事象にはいろんな意味が明確過ぎるくらいに込められているはずで。
だいたいにおいて、人に向けて矢を射るということは、その対象を殺傷するために行われる。
そうじゃなくても、威嚇、脅し、といった並々ならぬ強烈な意志がそこには表されている。
そして今の現状は、威嚇なのか、それても偶然外れただけで確実に殺傷を目的として放たれたものなのか、しかしどちらにしろ、この矢が放たれ意味は、友好的なものではないことは確実だと思う。
自分の足元に矢が突き刺さった奇杵襲さんは、後ろの僕と奇杵語さんに止まれの合図を出したまま動かない。
いや、動けないんだ。
空気が張りつめているのがわかる。
まるで触れれば切れる糸が張り巡らされているみたいに。
と、いきなり襲さんは腰の日本刀を目にも留まらぬ速さで抜き切った。
その瞬間、空中で『バキッ』という乾いた音がして、地面に真っ二つに折れた矢が落ちた。
襲さんは、単に刀を抜いただけでなく、居合のように矢を切り落としたのんだ。
第二の矢が射られた。
しかし襲さんは一歩も動いていなかった。
ということは、矢を確実に当ててきている。
当たれば、刺さる。肉に突き刺さる。骨を砕く。
当たり前だけど、怪我をする。痛みに襲われる。
下手したら、死ぬほどの重傷を負うかもしれない。
そんな剥き出しの敵意を、殺意を込められた攻撃を受けた。
僕は底知れぬ戦慄と恐怖を覚えた。
脚が、震えている。
堰を切ったかのように立て続けに矢が正確に襲さん目がけて飛んできた。
襲さんもそれに応じて、刀で飛んできた矢を叩き落とす。
いささか人間離れした反応で。
弾丸とまではいかなくても、飛来する細い矢を、あんな風に連続で打ち払うことは可能なのかな?
「駄目だ!! 防ぎきれない!! 相手も『ハヤテ』だ!!」
襲さんは背後の僕達、というより双子の弟の語さんに向かって叫んだ。
ウソ、無理っぽいのかな、ていうか『ハヤテ』って何?
そんな細かい事気にしてる場合じゃない。
盾となってくれている襲さんがもたないとなれば、次に矢で串刺しにされるのは僕だ。
ていうか襲さん串刺し前提で考えてる自分がちょっと怖い。
腹黒いって言われても仕方ないか。
余計な事を考えて現実逃避している間にも、矢は飛んできて襲さんを襲撃している。
「春日君、退くぞ!!」
僕の後ろから語さんが呼びかけてきた。
だけど、脚が、動かないんだ。
恐怖で脚が震えて力が入らない、動かない。
膝が笑ってるってこいうことなのかな。
そんな僕の状態を察してくれたのか、語さんは腕を掴んで無理矢理牽いて背後の丈高い草むらの中へ退こうとした。
とそこへ、逆に草間から二人の男が躍り出てきた。
前に矢の雨、後ろからは日本刀を構えた男達。
「挟まれた!!」
そう語さんが言ったかどうだか分からないけど、強烈にその意識を共有していると確信が持てた。
間髪入れずに問答無用で男達は切りかかってきた。
すべてがスローモーションに見える。
自分の体も思うように動かない。
まるで夢の中。
なのに意識ははっきりしている。
僕は日本刀を持った男達を観察する。
戦国時代やそれ以前の時代を題材にした大河ドラマに出てくる武士のような格好をしている。
しかも刀。
どういうことだ?
まぁ学園ブレザー姿に日本刀を携えている奇杵兄弟だってどういうことだ?って感じなんだけど。
と考えている内にも現実は確実に動いている。
男の上段からの一撃を語さんは刀で受ける。
同時にもう1人が語さんの腹部を一突きに刺す。
背中から貫いた切っ先が見えてギョっとした。
語さん!!
そう声に出す間も無く、語さんに再び片腕を掴まれ、人の背丈ほどの高さに生い茂る草むらの方へ引っ張られた。
刺されたお腹を心配したけど、血も出ていなければ制服にも傷1つついていない。
「止まれ!! 逃げられんぞ!!」
草の中へ逃げ込めれば、という思惑は潰えた。
お腹を刺し貫かれたのに平気だ、という相手の驚愕を隙に逃走を図ったてはみたものの、というか僕は語さんに導かれただけなんだけど、驚異の素早さで刀を持った男が僕達の前に立ちはだかり、後ろにもう1人という挟み込まれた状態に陥ってしまった。
最悪だ。
僕の腕を掴む語さんの手にグッと力が入る。
その震える手は、怒りか絶望か・・・
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