「さて、我々も退くとするか」
銀髪の人が呟いた。
その一瞬、地面がぐにゃりと歪んだ気がして、あ、沈む、と思ったら、周りの景色が変わっていた。
「あ、れ?」
ここは、校庭? 学園の?
「たく、いつもいつも非常識で非現実的な力だよな」
万木君がぼやいた。
「おまえのような似非人類に言われたくないな」
銀髪の人が刀で肩を叩きながら言った。
「えー!!? 酷くない? それ。酷くない? オレってヒトじゃないの?」
「どこの世界に亜音速で動ける人間が存在する? そう考えたらもう既にヒトではないな、このヒトデナシが!!」
「うわ、うわ、うわ、何ソレ!? 」
万木君の顔がみるみる赤く染まって、口の端に泡が吹いてきた。
興奮し過ぎてちょっと怖い。
「あの、万木君、少し落ち着いて・・・」
「こ、これが落ち着いていられるか? って春日落ち着き過ぎだろ!!?」
「まぁまぁ、頭悪いのがバレバレだぞ? 興奮すると心臓の傷から血が吹き出るって、つーか見てみたいなぁ、ソレ」
銀髪の人は笑いを堪えるように言った。
「そ、そうだ!! おまえ、そのトンデモ能力で傷治せよ!!」
「フン、どうでもイイが、その傷の分と、今夜のおまえ等の尻拭いと、高くつくぞ? 当分はタダ働き決定だな、夜の奉仕活動とか」
「ふざけんな!!」
「なんだ、大好きじゃなかったのか?」
「だ、誰がだ!!」
夜の奉仕活動っていったいなんだろう。
どことなくいかがわしい感じがする。
あ、いや、そうじゃなくて、僕はぜんぜん変なこと想像なんてしてませんよ?
「まぁイイ。おまえらそろそろウチに帰れ。トキジクはどうでもイイとして、春日は体は普通だからな。傷は塞いでおいたが治した訳じゃない。まだかなり痛むし、そもそもおまえ自身の生命エネルギーを使った訳だから、そうとう肉体の負担になってるはずだ。それに『虚空』モドキも出したしな。今は平気かもしれなが、直ぐに疲労が出てくるぞ。明後日、ゴールデンウィーク明けても学校休んだら補習授業させるからな!」
「あ、あの」
「なんだ?」
「ありがとうございました」
「傷のことか?」
「あ、それもありますけど、あの時、声をかけてくれたのはあなたですよね。
『人間一人が世界を救うことが出来ないように、一人が世界を終わらせることも出来ない・・・』とか。
あの言葉を聞いて、あぁそうなんだ、って安心出来たし、吹っ切れたんです」
「ああ、しかしそこだけにフォーカスされてもなぁ。その続きが大事なんだよ。
『人間なんて、世界と向き合って世界を動かしている気になっているが、所詮自分と向き合っているに過ぎない』
ということは自分とは世界そのものなんだよ。だから自分とちゃんと向き合って、自分を完全にコントロールできるなら、人間一人でも世界は変えられるってことなんだ。ま、副次的な結果だ。
わかるか? そこまで理解出来なければ、たんなる戯言だ。自分の無知無能など気にするな。
あ、それと春日、明後日、放課後私の所に来い。おまえにはいろいろ話しておかなければならない事が山積みだ」
う、無知無能・・・・。
とちょっと凹んでいる隙に、銀髪の人の気配が消えた。
パッと。
マジシャンの手の中のコインみたいに。
そして本当に彼の姿はどこにも見当たらなかった。
残されたのは広漠とした暗い校庭と、僕たち。
「ふぅ、いったい何だったんだろう、ていうか誰だったんですかね? あの人」
僕はそう言って万木君の方に向き直ると、いきなりこめかみを鷲掴みにされた。
こ、これは、噂に名高いアイアンクロウ!?
「痛痛痛たたたたー!!!」
「敬語使うなって言ったよなぁ? こういうのは初めが肝心なんだよ」
「ちょ、メガネ、メガネ、壊れるから!!」
分かれば宜しい、なんて満足そうに頷く万木君。
「まったくぅ・・・、わかりましたよぉ」
「・・・敬語・・・」
「ギャー!! 暴力反対!!!」
なんで僕たち真夜中の校庭のど真ん中でこんなことしてるんだ?
真珠のようなお月様の光だけが慰めだよ、と夜空を仰いで涙ぐむ僕。
っていうか、つい数分前まであの真っ暗な山の中に居て、そこでは黒い犬の怪物に襲われ、万木君が現れて助けてくれたけど胸を刺され、褐色の肌の奇妙な男に死と終焉の選択を強要され、銀髪の人がこれまた突然現れて交渉の末その場を円く治めてくれて、その上どうやったのか下の学校まで送ってくれて今に至る訳で。
僕の15年間の人生を遙かに越える不可解さだった。てんこ盛りだった。
「お、それから、オレのことは昔みたいにトキジクって呼べよ」
出た。
その昔みたいに、っていうのもよく分からない。
「あの、万木君じゃダメなのかな?」
万木君は腕組して目を瞑って唸ってから、「それはそれで新鮮だなぁ、よし、それでよしとしよう!」なんてにやけながら独り合点していた。
なんだか身の危険を感じる。
「そういえば、あの銀髪の人の名前は? 制服着てたし、学園の生徒?」
「ん? ああ、知らないんだっけ? あいつはここの生徒で、御祖香久夜(ミヲヤカグヤ)っていうんだ。オレは大抵スメラギって呼んでるけどな」
「はぁ」
「あいつ口悪ぃし性格悪ぃし目つきも悪ぃし、最悪だろ? ま、気にすんな」
万木君は悪口を並べながらも、晴れやかに八重歯を覗かせて笑った。
ぜんぜん悪意が伝わってこない。仲悪そうにみえるけど、なんだか見えない絆みたいなもので繋がっていそうな二人だった。
羨ましいな。
僕には・・・。
「あ、おまえ傷みしてみ? どうなった?」
忘れてた。
そういえば香久夜さんにも言われたっけ。
なんて考えていると万木君が勝手に僕の左腕を取って、包帯代わりに巻いてくれていたネクタイを解き始めた。
「ふん、細胞の再生は出来てるな。その辺、抜かりないのはさすがスメラギ」
どこか自慢げな万木君。
傷を見てみると、ホントだ、骨まで露出していた傷がケロイド状の痕をを残してはいるけどちゃんと塞がっている。
万木君の胸の傷といい、香久夜さんがやったのかな。って、やったってどうやったの? まぁそれを言い出したら今夜の出来事全部そうなんだけどね、なんか頭クラクラしてきた。本気で。凄く疲れた。
「おい、なんか目の焦点おかしいぞ? そろそろ帰ろうぜ」
「ああ、うん。僕は直ぐそこの学生寮だけど、万木君は?」
「え? オレも今日から、っていうかもう昨日だけど、寮生だぞ? 107号室」
「・・・・・・・・」
絶句した。
僕と同じ部屋だ。
そういや隣空き部屋だったかも・・・。
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