オレは万木非時(ヨロキトキジク)。
GW(ゴールデンウィーク)中なのに、なんだか胸騒ぎがして、校舎まできてしまった。時刻は既に夜中の一時になろうとしていた。
米国の思惑は頓挫して、兵士も去って、残骸もすべて撤去されたし、もうこんな夜中まで警戒する必要はないはずなのに、スメラギの奴が注意を怠るな、なんて言うから気になって仕方ない。
明日会ったら野球部の下照幟(シタテルノボリ)のユニを請求してやる!!
なんてぶらぶらと来てみたら、驚くほどの不穏な空気。確かにここ一ヶ月異質な、張りつめたようなものを感じてはいたが、ここにきて何か大きな変化が訪れようとしているのか。
とにかく、山に入ってみるしかない。
見た目ではわからなくても、山の境界に足を踏み入れてみてば異常はすぐさま感じられた。まるですべての木草土がざわめいているようだ。
おそらく、何らかの変化があるとすれば墜落現場だ。
オレは歩調を速めた。
あの大地の裂け目に近づくほどに、騒々しさは高まっていった。本当に聴覚に何らかの音が届いている訳じゃない。オレに霊感やその類の超感覚は備わっていないが、第六感とまではいかなくても、研ぎ澄まされた全身でそれは感じられた。
大地の裂け目、楕円形の谷を見下ろすところまに到着すると、底の真ん中辺りで赤い光が明滅するのが見えた。
あれは・・・。
その時、周辺に満ち満ちたあらゆる騒音を切り裂いて劈き届く声、いや叫びがあった。
『僕はちゃんとここにいるのに!!』
反射的にオレは跳んでいた。
力の限り、思いっきり、本気で。
こんなに力を込めたのは何年振りだ?
だって、この声は。
この声は。
気の遠くなるほど、記憶から消えてしまうほど永い間待ち焦がれていた、あいつの声じゃないか。
間違いかと思った。
いや、間違いじゃない。
間違えようがない。
谷底に着地して、その10メートル先に人が立っているのが見えた。
大丈夫、オレは夜目が利くんだ。
そしてその周囲に赤い光を宿す黒い影が三つ。しかも正面の影が・・・。
あれこれ判断する前に再び跳んで、空中で黒い物体に跳び蹴りを喰らわせた。感触はあった。ちゃんと実体がある証拠だ。
衝撃で倒れてしまったらしい、草の上にうずくまる奴を見下ろした。
月明かりに照らされた青白いメガネをした顔。
記憶にある容貌とは別物だ。
だけど、目は変わらない。
その目に宿る魂の光。
「よう、春日麿。探したぜ」
言葉をかけたけど、何も返ってこない。
まぁ、理解に戸惑っても無理も無い。
早く、声が聞きたい。
「が、その前に、このワン公たちを蹴散らさなきゃな!」
オレは周囲に注意を向けた。
再開の気分に浸るのはまだだ。
「い、犬なの? アレ?」
「ん? まぁ犬は犬でもとり憑かれた野犬って感じだな」
ああ、こんな声なんだな。
おまえの声はこんななんだな。
おまえはちゃんとここにいるんだな。
よっし!! 俄然ヤル気出てきた!!!
「うぅらぁぁあああっ!! かかって来い!!」
全身に力がみなぎる。
オレは完全に全開にした。
ピリピリと空気が弾けるのが分かる。
周りの犬達はもちろん、草木一本まではっきりと感知出来た。
大気のわずかな揺らぎさえ感じ取れる。
態勢を整えつつあった異形の犬達だったが、オレの気迫に気圧されたのか、動きを止めた。
その姿は最早犬とは呼べない代物だった。
口は肩の辺りまで大きく裂け、不揃いで大きく鋭い牙の間からは長い舌が垂れ下がり、絶え間なく唾液が滴り落ちている。毛はほとんど抜け落ち、剥き出しになった皮膚は壊死したように黒く、それでいて水っぽくぬめっていた。
そして鰐のように伸びた顔に点在する、赤黒く濁る四つの目。
既に侵蝕と同化がかなり進んでいる。もう器となった犬達は救えないだろう。
『八重』ではなく『七重』の太刀を持ってきて当たりだったかな?
オレは紐を解いた。
「鞘を、預かっていてくれ」
鞘を渡すと、あいつは黙って受け取った。
武人が鞘を預けるってことは、どういうことか分かるよな。
オレはそんな言葉を目に込めて見つめた。
「一瞬で終わらせる」
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