(1)
大学の講義が終わり、俺は自転車をかっ飛ばして、ちょっと郊外の住宅街へ向かった。行きは下り坂が多いから楽だ。風が心地いい。
砂利を敷き詰めた小さな駐車場に自転車を停め、店の分厚いガラスドアを押して中に入った。
「ちわ~す」
「おお! 陽介ちゃん。早いなぁ」厨房の影から御主人の明るい声が聞こえた。
「そうすか?」
俺は荷物をレジの下の棚に詰め込み、代わりにディズニー・キャラクターがプリントされたエプロンを取り出して首にかけた。恥ずかしいから違うのにしてくれと奥さんに言ったら、コレしかないんだと。まぁ、もう慣れたけどね。
「まかない、今、作ってる」ご主人がカウンターから顔を出す。
「いつもスミマセン」
少ししてカウンターの上に出されたのは、ワンタンメンとライス大盛りだった。
いつもながら、美味そう! そして実際、ココのメニューは全部ウマイのだ。
「では遠慮無く、いただきます!」
俺は箸を割り、レンゲで熱々のスープを啜った。
ココは俺のバイト先の中華料理屋「安安軒」だ。大学に入学したての先月、ヒマだから街をブラブラしていたら、店先に「アルバイト募集」の貼り紙を見つけ、なんとなく中に入って、昼飯を食べたら、なんと激ウマ!
貼り紙には、賄い付き、と書いてあったので、毎回こんな美味いのが食べられるなら、最高だな! 食費も浮くし、と迷わずバイトを申し込んだんだ。
店は自宅と繋がった店舗で、小さなカウンターの奥に厨房。客席は四人掛けのテーブル席が四つ、奥に座敷があって、テーブルが二つ。
この店を、御主人と奥さんの二人で切り盛りしている。昼間はそれにパートのおばさんが入り、夕方から夜は、俺が入ってる。平日はそうでもないが、土日、祝日はかなり込み合う。場所柄、家族連れも多い。ま、結構繁盛してるってことだ。
人気メニューは、麺類もさることながら、やっぱり定食だな。特に回鍋肉定食と天津飯定食はダントツに良く出る。運んでるそばからヨダレがでてくるからね。
ようやくまかないを食べ終わった頃、入り口のドアが開き、カランカラン! とベルが鳴って、夜の最初のお客が入ってきた。
「いらっしゃいませ!」
俺はカウンターから立ち上がり、厨房に入って、お冷を作り、メニューを持ってホールへと出た。
さて、今日もガンバルぞ!!
店は夜の九時にラストオーダーになる。今日は平日でもあり、客はすぐに引けた。
「お疲れさん、陽ちゃん」三角巾をかぶった奥さんが、笑顔で声をかけてくれた。「奥のキッチンで、ジュースとお菓子でも食べてって」
「あ、ハイ」
「櫂も帰ってるかも」
店は自宅と繋がっている。俺はレジ脇の通路を奥へ行き、靴を脱いでドアを開けた。そこは自宅のキッチンに続いている。
「あ、陽ちゃん。もう終わり?」
キッチンに入ると、汚れた野球のユニフォーム姿のまま、テーブルの上にのっているクッキーをむしゃむしゃと食べていた櫂が声をかけてきた。
「おう。櫂も今帰りか」
「うん」くりくりした可愛い目をこっちに向ける。「陽ちゃん、なんか飲むだろ?」
「ていうか、櫂が飲みたいんだろ?」
俺は椅子を引いてテーブルについた。
「なんでもイイじゃん。何飲む?」
櫂は大きな冷蔵庫を開けた。
「う~ん、麦茶」
「おっけぇ~い!」
櫂は麦茶の入ったボトルを取り出し、コップも二つ出して、甲斐甲斐しく注いで持ってきてくれた。
コイツが御主人と奥さんの一人息子で、櫂(カイ)。中学一年生で、野球部だ。櫂は俺の向かいの席に座り、自分の麦茶を飲み干した。
「はぁ~、ウマイ!」
日に焼けた小さい顔をニコリと揺るませ、大きく息を吐いた。思わず頭を撫でてやりたくなるような、可愛いやつだ。
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