何気ない日
珍しく、店は閑散としていた。
平日とはいえ、まだ夜の八時。いつもなら賑わっているのに、客は俺たち二人だけだった。BGMも流れていない、近所のお好み焼き屋。バイトの子の姿も見えず、女将さんは厨房の奥に引っ込んでしまっていた。
じゅうじゅうと、焼きソバともんじゃの焼ける音だけが、まるでこの世界で唯一の音のように、奇妙なリアリティを帯びて響いていた。
「なぁ、もんじゃ入れて」
俺はタバコを咥え、両手で土手を作り、タカオに言った。
「ん・・・」
それだけ呟いて、タカオは面倒臭そうにも、楽しそうにも見えない表情で、もんじゃの入った金属のカップを傾け、土手の真ん中に流し込んだ。
ジュ~と大きな音と煙を上げ、鉄板が唸る。俺は手早くかき混ぜ、集め、のばすを繰り返す。
その作業を、これまたさっきと変わらない顔でぼんやりと眺めているだけのタカオ。まぁ、最近特にだらけてて、覇気がないのはわかるけど、今日は輪をかけて元気ないなぁ。出会った頃は、こんな場面だと、はしゃぎまくってたのに。オレがやる~、みたいな。また、就活の面接でダメだったのか?
大学が夏休みに入って、タカオはしょっちゅう俺のところに泊まりに来るようになった。それまでは俺が休みの土日だけだったのに。
どうやら就職活動がこたえているらしい。焦る気持ちはわかるけど、こればっかりはどうしようもない。
「焼きソバ」
「え?」
「焼きソバ、食べないと焦げるぞ」
「んー」
また曖昧な返事をして、タカオは鉄板の上の焼きソバを取り皿に移した。
「で? 実家はどうだった?」
タカオは先週、五日ほど新潟の実家に帰っていた。お土産の笹団子は宅急便で送られてきた。
「実家?」
ジッカってなんだっけ? といった感じで訊き返してくる。
「そう」
「んー、まぁまぁ」
「なんだよそれ。もっと他に感想ねぇの?」
ほどよく焼けたもんじゃを、俺は二つの皿に取る。
「ああ、メシ作んなくてイイのは良かったかな?」
「へぇ、こっちでオマエ、メシ作ってたっけ? 最近誰がオマエのメシ作ってたっけ?」
タレをつけて、一つをタカオに渡す。
「んー? カヘイフハン(家政婦さん)」
俺がとってやった熱々のもんじゃを頬張りながら、タカオは言った。
「へぇー、ほうー、ふぅーん、家政婦さんね?」
俺の片眉がぴくぴくと動く。
コイツ、今夜ぜってーイジメテやる!!
「俺も欲しいな~、家政婦さん」
そう言ってタバコを灰皿に押し付ける。
「アレ? いる? あげようか?」
「おぅぅい! ちょっと外出ろゴォラァァ!!」
と俺は肩膝立ちになる。
「ジョーダン、冗談だよ」タカオはニコリと笑う。「いつも、アリガトウございます! 護堂君♪」
あ、今日初めて笑った。俺はそれだけで十分だった。その、愛くるしい笑顔がみれれば。
「ま、まぁ、わかってればいいんだよ、うん」
俺は座りなおし、グラスに瓶ビールを注いだ。
<なんとなくつづく>
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