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藤巻舎人 脳内ワールド

藤巻舎人の小説ワールドへようこそ! 18歳以下の人は見ないでネ

   
カテゴリー「題名の無い物語」の記事一覧

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題名の無い物語



   6 知っているコト知らないコト    


 岩熊太一が教室を去った後、古谷剣之介は自分の席で顔を真っ赤にして固まっていた。
 くっそぉ~、太一にのせられて余計なこと言っちまった! 面倒事はゴメンなのにぃ、これで周りから変にかんぐられるのはウザイなぁ・・・。
「おい」
「・・・」
「おい」
 隣の坊主頭のことはすっかり忘れていた。それがまだ話しかけてくる。
「ああ? 何だよ!」
 剣之介はできるだけ自分の動揺を悟られないように努めながら、隣を向いた。
「あのさ、岩熊太一と、どういう関係なんだ?」


 うわっ・・・、いきなりコイツ厄介なこと訊いてきたよ・・・。説明めんどくせぇ~。
「ん? 別に・・・」
「別にって、おまえ県外から来たんだろ? 知り合いな訳ねぇよなぁ」
 何だ? コイツ。なんでそんなに太一にこだわんだ?
「さっき、友達になった」
「ウソつけ。ありえねぇし」
「チッ・・・」剣之介は軽く舌打ちした。「いとこなんだよ」
「それで? 一緒に住んでる訳?」
「まぁ、いろいろカテイノジジョウがあってな」家庭の事情、こう言っておけばこれ以上突っ込んでこないだろう。内輪の問題ですってな。「ていうかさ、おまえ、なんでそんなに太一のことで突っかかってくんの?」
「あ? ああ、オレ、野球部だしな。それで」
「はぁ? ぜんぜん答えになってねぇんだけど。そっちこそ、別に太一と友達なわけじゃないんだろ?」
 その言葉に、坊主頭の方が意味が分からないといった顔をした。
 んん? 何か俺、変なこと言ったか? 剣之介は戸惑う。


「ナニ? おまえ従兄弟なのに岩熊のことなんにも知らねぇのか?」
 はぁ? 俺が太一の何を知らないだって? 洗濯、掃除、料理、なぁんにも出来なくて、大飯食いで、家に居る時はテレビかマンガばっかりみてるだけ。わがままで、ずうずうしくて、しつこくて、アホな奴、それ以外に何があるっていうだ?
「岩熊はウチの県のシニアじゃ、かなり有名なんだぜ? いや、東北大会まで行ってたから、東北でも知られてるかな?」
「へぇ、なんで?」
「ば、バカ! あ、あいつはものスゲェバッターなんだぜ? 県大会じゃ六割近い打率で、HR4本の打点18。県外の高校からもスカウトがきてたらしいけど、ココを選んだんだってさ。オレ、岩熊と一緒のチームになれると思うとさ、もう興奮しちゃうんだよね。もしかしたらさ、アイツと一緒なら、こ、こ・・・」
「ナニ? 甲子園?」
「ば、バカ! そんな軽々しく言うな!」
 坊主頭は慌てて立ち上がろうとした。


「へぇ、なんか知らんケド、とりあえずスゴイんだ」
「あのさぁ、おまえイマイチ野球に疎そうだからわかんないかもしんないけど、とにかく岩熊太一はスゴイんだよ! オレの憧れ!」
「ふ~ん、ケド、おまえも野球やってんだろ? しかも同じ学年の奴に憧れてどうすんの?」
「はぁ? どういう意味だよ?」
「だからぁ、憧れ、なんて言ってるようじゃ、テメエの実力はたかが知れてるなってこと」
「ああ? この野郎、なんにも知らねぇクセに何言ってんだよ!」
 坊主頭が椅子から立ち上がり、剣之介の襟元を掴みかかったと同時に、教室のドアが開いて、先生が入ってきた。
「ほらほら、席につけ~。おい、和気、古谷、何してんだ? じゃれてんじゃないぞ、席に着けよ!」
「オイ、放せよ」
 剣之介は立ち上がっている坊主頭、和気を睨み上げる。和気は舌打ちして、剣之介のシャツを掴んでいた手を、荒っぽく放した。

 
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題名の無い物語

   5 ざわついた教室



 太一に急かされながら、音楽が聞こえる方に行ってみる。どうやら人の流れもそこへ向かっているようだった。次第に音の輪郭がはっきりしてくる。校舎の棟と棟を繋ぐ渡り廊下の下をくぐると、中庭に出た。そして生徒専用昇降口の前で、ブラスバンド部らしい生徒たちが、楽器を持ち、パイプ椅子に座り、少し前に流行ったポップ・ナンバーを演奏していた。おそらく新入生の歓迎のためだろう。
 それにしても、イマイチな演奏だ。どうしてもモサく聞こえて仕方がない。剣之介は両腕を抱いて、ブルっと身震いをした。
 しかし、そんな中で、ドラムの音は、異彩を放っていた。
 あのドラム、上手いな・・・。メガネをかけた、サラっとした黒髪、ドラマーにしては華奢な体格。二年、いや三年生か?
 なんでもない、というかどうしようもない演奏でも、ドラムのプレイは異質だった。さりげないハイハットのきざみ、スネアへのアタック、バスドラのタイミング、どれをとっても何か粋なノリを感じさせた。
 へぇ、結構やるじゃん。


 ドラムのプレイを注視して、立ち止まっていると、太一が声をかけてきた。
「なぁ、ケンちゃんって、ドラム好きなん? ていうかドラム叩くのが?」
「ん? ああ・・・。ってそういえば太一、おまえ」
 さっきバチがどうのって言ってたような・・・。
「あ、もう時間ねえよ? はやぐ校舎に入んねぇど!」
 慌てた太一は急いで昇降口へ剣之介を引っ張っていった。
 フゥ、あぶねぇあぶねぇ。


 クラスが違うので、太一とは廊下で別れ、剣之介は一人、教室に入った。なんだか久しぶりに一人になった気分だった。引越しからずっと、二人でだけで生活していたから、こんなふうに同年代の人間が沢山いるのは、不思議な感じがした。
 黒板に貼りだされていた座席表を見て、自分の席につく。剣之介の席は、窓際から二列目の一番後ろ。右側は女子だが、男子の方が数が多いためか、左の窓際の列は男子だった。ということで、剣之介の隣は、右は女子で、左は男子となっていた。
 なんか鬱陶しいなぁ。
 剣之介はチラリと窓際の男子を見る。アイウエオ順の最後だから、多分名前は『渡辺』とかだろうな。そして坊主頭。もしかして太一と同じ野球部なのか? まぁ、どうでもいいや。


 教室のなかは、微妙なざわつきだった。まだ、大抵の人間の顔を知らず、かといってただ黙って席に座っているのも我慢出来ず、皆、こそこそと隣や前後の人間に話しかけては黙る、の繰り返しだった。中には知った者同士や、違うクラスから訪ねてきた友達と話しているのもいたが、それは少数だった。
 そのうち、担任の先生らしい男が入ってきて、式が始まるから、体育館へ、という指示が出され、皆それに従った。
 そして、退屈な入学式が始まった。
 薄ら寒い広い体育館んの中、所々で石油ストーブが焚かれ、灯油の匂いが立ち込め、パイプ椅子が並び、後ろの方には、親たちが控えていた。
 剣之介は寒いのにイラつきながらも、終始居眠りしていた。
 下らないんだよ、こういう見世物は。
 式の途中、何度か起立しなければならない場面があって、その度に起こされ、また眠りにつくの繰り返しで、結局機嫌は悪くなる一方だった。


 式がようやく終わり、冷えた体で寒い廊下を歩きながら、また更に寒い教室に戻った。
 いったい何なんだ? この寒さは。もう四月だぞ?
 イライラしながら席についた。教室は、皆多少慣れてきたのか、さっきよりもざわついたものになっていた。そんなことお構いナシに、剣之介は両手を制服のポケットに突っ込み、椅子にもたれ、眠ろうとした。
「なぁ、おまえ何中?」
 不意に、隣の坊主頭が訊いてきた。
 ウゼエ、俺は今眠いんだ、話しかけんな、とすぐに思った。それに横浜の中学の名前を出しても、知るわけないだろう。そう思うとますます面倒に思われた。
「あぁ、俺、県外から来たから、知らないとおもうよ」
「へぇ、どこ? なんかの推薦?」
 あれ、喰いついてきちゃったよ。厄介だ。それにココの連中ときたら、言葉の訛りはあまり無いくせに、発音が微妙に訛ってる。だから標準語なのに変なイントネーションで話されると、妙に聞き取りずらく、イライラしてくる。それでいくと、言葉も訛っている太一は、まだイイ方だった。
「どうでもいいじゃん。俺、寝るから、邪魔しないで」
 そう言って剣之介は机につっぷした。


「なんだよソレ? オイ、無視すんなよ」
 ハッキリと拒絶したのに、まだ坊主頭は話しかけてきた。
 まったく太一といい、コイツといい、ココの連中は、みんなこんなにしつこい奴らばかりなのか?
「ウルセエ、話しかけんな」
 机に伏せたまま、剣之介は答えた。
「ぅんだと? コラ、起きろ」
 坊主頭が軽く椅子を蹴ってくる。
「バカ、死ね」
 剣之介も、寝たまま隣の椅子を蹴る。
「おまえが死ね」
「オイ、いい加減に・・・」
 我慢の限界がきて、剣之介が机からがばっと体を起こし、坊主頭と向き合った。
 この野郎、と胸ぐらつかんでやろうかと思ったら、相手はなんだか違う方向を凝視していた。教室の入り口の方・・・。そちらから、今では聞き慣れた、そしてこの学校で唯一であろう知っている声が聞こえてきた。思わずそっちを振り返った瞬間、しまったと剣之介は思った。


「おお~!! ケンちゃんここに居た! お~い!」
 ざわめきが大きくなり始めた教室で、太一の声が届く。教室の入り口で、背伸びをして手を振る太一。
「ケンちゃ~ん、無視すんなって。聞こえてんだろ~! お~い!」
「う、うるせえ!!」これ以上無視していると、歯止めが利かなくなると思い、仕方なく答える。「バカ! 名前呼ぶな!」
「なんだよ、せっかく様子見にきてやったのに~」
「頼んでねぇだろ! 帰れ!」
「あ、そうだ、それで思い出したげど、オレ、部活あるがら、一緒にかえれねぇがら! ゴメンな」
「ウルセェよ! おまえがどうでも、最初から俺は一人で帰るつもりだ!」
 その辺りから、クラスの大半がこのやりとりに耳を傾け始めていた。
 うう、早くこの会話を打ち切りたい。剣之介はその気配を感じ、焦り始めた。
「ああ、それがら・・・」
「もうイイ!、あとは帰ってからにしろ!」
「今言っておがないど」
「なんだよ!」
「俺、今日の晩飯はハンバーグ希望!!」
「バ~カ! 今日は肉の特売日じゃねぇんだよ! 明日だ明日ぁ、あ、あ、・・・アレ?」
 いつの間にか教室はシンと静まり返り、誰もが剣之介と太一の会話に注目していた。
 『え? なに? あとは帰ってからにしろ?』
 『あいつら一緒に住んでんのか?』
 『肉の特売日って、あの人が奥さん役?』
 『てことは、あっちが旦那か?』
 そんな囁き合いが聞こえてくる。
「わがった! じゃあ、ハンバーグは明日な! 今夜はケンちゃんにまがせる!!」
 太一はニカッと笑い、もう一度大きく手を振って、廊下へ姿を消した。
 途端に教室がざわめき出す。それまで以上に。


 うわ、うわ、うわ! ナンダヨコレ! 俺、いつものノリで、アホなこと言っちゃったよ!!
 剣之介は、顔を真っ赤にして、変な汗がダラダラと流れ落ちていくのをそのままに、自分の席で固まっていた。

題名の無い物語

     4 桜の季節



 剣之介と太一が入学する県立大槻高校は、二人の住むアパートから、普通に歩いて十五分ほどのところにあった。立地的には、市街地と郊外の境目辺りというところだろうか。ゆるやかに住宅地と田舎が混じりあっている環境だった。
 そして入学式当日の朝。剣之介は自転車で行くつもりだった。
「歩いて行こうよ」と太一。
「おまえだけな。俺はチャリで行く」
「だって、オレ、チャリないもん」
「おいおい、チャリぐれぇ買えよ! 田舎じゃ重要な交通手段だぜ、ってなんで俺が田舎を定義しなきゃなんないんだ? 普通おまえの方が知ってることだろ」
「わがったよ、今度実家がら送ってもらうがら、だから、な? ホントお願い、一緒に行こうぜ? 最初ぐらい二人で校門くぐりたいんだよ」
 ・・・・、変な奴。いつものほほんとしてるクセに、時々妙なこだわりを見せる。こだわりというより、一種のわがままに近いのだが。そして太一のわけのわからないわがままに振り回されながらも、何故かそれを受け入れてしまう。心のどこかで、コイツには大きな借りがある、と囁く声が聞こえる気がする。そんなの絶対にあるはず無いのに。まったく厄介だ。


 まだまだ風は冷たかったが、早朝の空気は新鮮で、体に甘かった。
 はぁ、しかし今日から高校生、学校は面倒だ。まぁ、俺のこと知ってる奴は誰もいないし、このアホ太一とは違うクラスだし、ひっそり過ごしていくか。
 広い校庭をぐるりとフェンスが囲い、それにそって延々と桜の木が植えられ、そのどれもが満開を迎えてきた。ざっと風が吹くと、すべての花びらがざわめき、生き物のように揺れる。短い、有限なる命。だからこそ美しいのだろうか。確かに、剣之介は桜の散り際が一番好きだ。脆く、はかなく散っていく、退廃の美。しかしそれは一年に一度のものであり、そして春が来れば再び見れるものだから美しいのだ。
 それまで余りにも身近だったものが、突然失われ、もう二度と会えない、触れられない、無二のものが消えてしまう。美しいなどとはいっていられない。それは残酷であり、身を裂くような苦しみと哀切であり、喪失なのだ。もう、次はないのだ・・・。


「おい」
「・・・・」
「おい、ケン!」
 誰かが自分の名を呼んだ。剣之介はハッとして振り返る。そこには、もうよく見知った、日に焼けた人懐っこい笑顔があった。
「桜、キレイだな。出会いと別れ、そこにはいっつも桜があるな」
 隣を歩く太一が、頭の後ろで手を組んで、ピンクの霞を見上げた。
 まだ出会ったばかりだ。だけど、コイツもいつかは俺のもとを去っていく。そう思うと、一歩身を引いてしまう。
 そうだ、一歩身を引いていろ、委ね過ぎてはダメダ。失った時の傷が大きくなるだけだ。なるべく近づかないように、係わりあわないように・・・。
「何言ってんだよ・・・」
 剣之介は呟く。
「ケン、どうした?」
 まただ、コイツ、また俺のこと『ケン』って呼んだ。チャン付けじゃなく、『ケン』って。
「べ、別に・・・」
「大丈夫!」太一はいきなり肩に腕をまわして抱き寄せた。「田舎の高校だからって心配すんな! イジメられたらすぐにオレに言えよ? オレが守ってやるがんな!」
「ば、バ~カ、なに変なこと心配してんだよ。アホか。俺がイジメられる訳ねぇだろ。つぅか引っ付くな、離れろ! ホラ、自転車で追い越して行く奴らが変な目で見てくだろ!」
「いいじゃん、別に。変に思わせておけば♪」
「おまえは良くても、俺はイヤだ!」
「もう照れちゃって、ケンちゃん」
「てめぇ、殺すぞ!」


 なんだか太一といると調子が狂う。こんな訳の分からない奴は初めてだ。こんな無防備に近づいてくる奴は初めてだ。
 剣之介は驚き、戸惑いながらも、その接近のすべて拒むことは出来ないでいた。
 嫌な奴、嫌な奴。油断出来ない。


 学校の敷地を一周して、ようやく校門に着いた。入学式だけあって、親と一緒に登校する新入生も多かった。
 職員玄関の前に広がるロータリーと、その真ん中にある芝生の庭と噴水。まだ溶けずに残っている汚れた雪。みんなぞろぞろと芝生を迂回して、奥の正面玄関へと歩いていく。
「んん?」
 剣之介は思わず呻いた。冷たい空気を超えて、微かに切るような高い金属音が聞こえたからだ。
「どうした?」
「いや、ドラムの音が聞こえた。シンバル・・・」
「え?・・・」太一は不思議に思って、耳を澄ました。「ああ、なんか音楽みたいのが聞こえるなぁ」
「どっかで、ドラム叩いてる奴がいる」 
 確かに音楽みたいなものが聞こえてくる。多分吹奏楽部だろう。しかしこの風に乗って微かに聞こえる音の中から、なぜドラムの音だけ・・・、ああ・・・。太一には思い当たる節があった。
「そういえば、ケンちゃんの部屋に、ドラムのバチ、いっぱいあったな」
「・・・? おまえ、どうして知ってんだ?」
 あ、ヤバイ。時々剣之介の部屋に無断で入って、いろいろ探索してるなんて言ったら、殺されるどころか嫌われる。そんなこと口が裂けても言えない。
「あ、いや、その、だがら・・・」どもる太一を、剣之介が睨む。「あ、ホラ、行ってみようぜ? なんか楽しそうだばい? ほらほら♪」
 そう言って、剣之介の後ろに回り、せかすように背中を押してごまかした。
「なんだよ、押すな、バカ」
「いいがらいいがら」

題名の無い物語

      3 そばにいたい


 剣之介は、昼間中、ずっとこの街を探索してまわっていた。自転車に乗って、暖かな風を切り、走った。
 ここ、大槻市の市街地。駅周辺には大きく繁華街が広がり、デパートやホテルや飲食店やなんやかんやが集中している。そして駅から市役所や郵便局の方へ伸びる大通りがあり、それに交差する大きな国道があり、広々と住宅が敷き詰められている。そしてやたら公園が多い。ほとんど森のようなところもある。
 大きな街ではあるが、端の方に行くと、住宅街は唐突に途絶え、いきなり開けた田園風景が始まる。空き地や荒地や林や森が現れる。東京や横浜のように、延々とどこまでも街が続く、ということはないのだ。ちゃんと田舎が存在するのだ。


 遠出をして、久々の運動、上気した体、汗に濡れた肌。すっかり夕方になってしまった帰り道、スーパーに寄って夕飯の買い物を済ませた。
 明日は入学式。太一の奴、しょっぱなから野球部の練習出るから、弁当作ってくれだと? いったい俺を何だと思ってるんだ?
 そうイラつきながらも剣之介は、ちゃんと弁当のオカズを考え、買い物をしてしまう。やるからには徹底してやる。手を抜かない。
「ただいま~」
 そう無意識に口にして、アパートのドアを開けた。既に外は薄暗いのに、部屋のどこにも明かりはついていない。
 アレ? 変だなぁ。
 いつもならもう太一は一日の練習メニューをこなして、ダイニングでテレビを見ながら夕飯をせがんでいる時間なのに。
 胸がザワつく。
 居るはずの人間が、居るはずの時間に、居るはずの場所に居ない。
 どっか出かけたのか? コンビニでも?
 あの時もそうだった。珍しく、遅くなるのかな? じいちゃん、まだ帰ってきてないや・・・。
 そして、もう二度と生きて帰ってこなかった。


「太一ぃ、居ないのか?」
 おずおずとふすまの閉まった太一の部屋に声をかけてみる。
 返事が無い。シンと静まり返った、薄闇に沈み行く空間。
 イヤダ、ヒトリニシナイデクレ。
 置いていかれるのは、独りにされるのはたくさんだ!
 まさか、太一まで・・・。
「太一ぃ!!」
 思いっきりふすまを開け放つ。バシンっと大きな音が響く。
「オワッ!!」畳に敷いた布団から、その音に驚いた太一がガバッと飛び上がった。「びっくりしたぁぁ~! な、どうしたんだよ?」
 今日発売のマンガ雑誌に夢中になっていて、部屋が暗くなっているのにも気付かずにいた。そしたらいきなりふすまが開いて、剣之介が呆然と立ち尽くしている。手にはまだ買い物袋を持っていた。
「お、おまえ、なにして・・・」
 剣之介がらしくないたどたどしさで訊いてきた。
「なにって、マンガ読んでた。もうこんなに暗くなってたんだな。それで? 今日の晩飯はナニ?」
 と言った辺りで、剣之介がいつもの様子と違うのに気付いた。
「おまえ、暗くなったら電気ぐらいつけろ! それに居るなら返事しろ!! このバカ!」
 声が震えていた。大きく叫んでごまかしていたけど、はっきりとわかった。もしかして、泣いていたのかもしれない。
 ピシャッとふすまが閉められた。足を大きく踏み鳴らし、剣之介が自分の部屋に入っていくのがわかった。


 剣之介はいつでもどこかしらの明かりをつけている。寝るときもデスクライトをつける。外出するときもダイニングの明かりをつけていく。帰ってきて、部屋が暗いのを嫌がった。電気代が高くつくぜ、と茶化したら、意外にも、何も答えてくれなかった。
「ケンちゃん・・・」
 太一はそう呟き、紐を引っ張って部屋の明かりをつけた。


 岩熊太一が始めて古谷剣之介に会ったのは、小学一年生の夏だった。自分の母親がいつも自慢にしていた兄、太一にしてみれば伯父の息子、剣之介にずっと会いたかった。そして、出会えた。
 周りにいる田舎の友達とはまるで違う、洗練されているというか、賢そうで、華奢で、柔らかく、可愛らしかった。一目見て、コイツと友達になりたい、と強烈に感じた。
 だからいつでも剣之介にひっついて、抱きついて、この手の中に囲っていた。多少嫌がられてもいたけど、仕方が無い。もっとくっついていたかった、ずっと抱きついていたかった。でないとすぐにいなくなってしまいそうで・・・。もっと、もっと近くに。そばに。


 案の定、剣之介一家は、年に二度ほどしか岩熊家を訪れなかった。当然、太一には足りなかった。いつも、焦がれていた。
 そして、剣之介は忘れているかもしれないが、一ヶ月ほど、岩熊家に預けられていたこともあったのだ。太一には奇跡のような出来事だったが、その時の剣之介は、ほとんど心ここに在らずで、まるで抜け殻か人形のようだった。母親が死んでしまったのだ。
 外に出ようとせず、それどころか何もしようとしない剣之介の面倒を、太一は必死になってやった。やれることはたいしてなかった。ただそばに居て、蝉の声がやかましい薄暗い部屋で、ゲームをしたり、空気のような会話をしたり、御飯を食べたり、ただ黙って座っていたりした。
 守らなきゃ、守らなきゃ、オレがこいつを守らなきゃ。


 そんな小学四年生の夏休みも終わろうとしていたある日、突然やってきた剣之介の父親に、剣之介は連れて行かれ、それっきりとなった。
 その後は、父親に連れられて世界中を転々としていたらしかった。でしばらくして、母親から、剣之介は横浜にいる祖父に引き取られた、と聞かされた。太一は少し安心した。どうも剣之介の父親は好きになれなかったし、あの父親と一緒に居たら、剣之介は楽しくなれなそうだったから。


 あれから五年ほどの月日が経った。今、隣の部屋には、激しく渇望した、剣之介が居る。そう、一緒に住んでいるんだ。
 あの頃から、だいぶ変わってしまったようでも、変わっていないようでもあった。ただ、変わらないのは、自分が剣之介のことをちゃんと好きだということだった。

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   2 はるうらら


 岩熊太一と一緒に暮らし始めて十日が経った。そして次第に奴のことが分かってきた。
 とにかくなにも出来ない。
 料理が出来ないのは初日からわかった。だからそれ以外は分担しよう、などと言っていたクセに、まるで出来ない、いや、やろうとしないのだ。無理矢理やらせたら、遅いし、まごつくし、失敗するしで、見ている剣之介が先にキレてしまい、「もういい、おまえは何もやらんでいい!」と自分ですべて引き受けてしまった。実際、太一にやらせるより、自分でやった方が早いし正確だしキレイになるし、なにより本来他人任せにするのが嫌いだったので、必然的にそうなった。


 窓を開け放って、はたきをかけ、掃除機をかけた。ベランダの向こうには淡い春色の空がどこまでも広がっている。ふわりと窓から匂い立つ風が入ってきた。ここに来て十日、日に日に気温は上がり、一気に桜が咲き始めた。大気にも、どこか花の香りが混じっているような気がする。
 自分の部屋の掃除が終わった剣之助は、はたきと掃除機を持って、隣の太一の部屋の前に立った。
「お~い、太一、入りますよ~」
 今は外出していないのに、一応小声で断りの言葉を呟いてみた。
 ふすまを引く。敷きっぱなしの布団、脱ぎ散らかした衣服、読みかけのマンガ、雑誌、等々。
「ハァ~」
 剣之介は深い溜息をついた。
 あの野郎、洗濯物はちゃんと出しとけって言ってるのに。ホントに何も出来ない、何もやらない。野球以外は。


 はっきり言ってホント駄目な奴だが、どうやら岩熊太一は野球だけは上手いらしい。本人の口からしか聞いていないからよく知らないが、とりあえず高校にはスポーツ推薦で入るらしかった。
 剣之介はこれも初めて知ったのだが、二人がこれから入学する高校の野球部は、最近実力をつけ始め、この五年で二回甲子園に出場していた。新興勢力であり、今、県内で一番波に乗っている学校で、岩熊太一はそれでこの高校を選んだのだ。
 太一の実家は、ここから電車でも二時間近くかかり、更に駅からも離れているかなり遠方で、通うには難しい。しかしまだ高校の野球部には寮というものがなかったので、学校の近くに下宿して通うことになっていた。
 そこで出てきたのが剣之介だった。


 確かにこの何も出来なさ加減には、母親でなくても心配になるってものだ。剣之介は爪先立ちで太一の部屋を縦断しながら思った。いろんな物を踏まないようにやっと窓まで辿り着き、開け放つ。途端、甘い風が顔を撫でる。
 祖父の葬儀の時に、剣之介の父親は叔母の幹子から相談を受けていたのだ。息子の太一が春から離れた高校に通わなければならないが、独り暮らしをさせるのはかなり心配だと。丁度剣之介も父親に独り暮らしをしたい、と訴えていたので、そこで話しがかち合った。
 叔母の幹子は剣之介のことは小学生の頃しか知らなかったが、自分の兄に似て、賢くて頼りがいがあるという印象を持っていた。だから剣之介が一緒ならば、いくらか安心して息子を送り出せると思った。


 あんなバカを預けられてもな・・・。それでも多少なりに太一と遺伝子を共有していると思うと、腹が立った。なんであいつの世話をせにゃならんのだ。
 ハタキをかけながら、机の上の目覚まし時計に目をやる。
 あ、そろそろ太一がランニングから帰ってくる。昼飯作らなきゃ。そう思った瞬間、ハタと掃除の動きを止める。
 なんだこれは? 俺はあいつの母親か?嫁か?っつーの!!
 段々掃除がばかばかしくなってきたので、適当に済ませて昼の用意にとりかかった。

「ただあいま~、腹減った~!」
 太一が勢い良く玄関を開けて帰ってきた。
「ケンちゃん、今日の昼飯なぁに?」
 完全に太一のペースにはまってることにイラっとくる。そして図らずも乗ってしまう自分にもイラつくいた。
「見ればわかるだろ」
 素っ気なくテーブルの上を顎で指す。
「おお! さすが凝り性のケンちゃん、昼から無駄に豪勢だな!」
「おまえさぁ、食べなくていいゾ・・・って」
 剣之介の視線が、土埃で汚れた太一のジャージと靴下に止まる。
「な、、、なんでランニングでそんなに汚してくんの? おまえどんだけスゴイとこ走ってきたんだよ! えぇ?」
「あぁ、いやぁ、公園でオッサンたちが草野球してだがらぁ、ちょっとまざってきた」
 太一は頭の後ろを掻き、照れながらテーブルについた。
「なんで照れる! その前に手ぇ洗え!」
「たく、うるせぇなぁ。母ちゃんみたいなこと言うなよ」
「う、うるせぇなぁ?? お、おまえ、誰が洗濯すると思って・・・、はぁぁ~」
 余りにも頭にきて、酸欠状態になり、剣之介は目眩がして、椅子にグッタリと座り込んだ。
 ななな何なんだ?コイツは? 剣之介にはもはや理解不能だった。こんなに他人に振り回されるのは、初めてだった。


 なんとか落ち着いたところで、やっと昼飯を食べ始めた。剣之介は無言でサラダを見つめシャリシャリと食べ、太一はダイニングに据えられたテレビでお昼の番組を観て笑いながらチャーハンを食べ、玉子スープを啜った。
 クソ、このテレビだって俺のだったのに、と剣之介は心で呟く。
 太一の部屋にはテレビが無かった。だから太一は、剣之介のテレビをダイニングに置いて、共同で使おうと提案してきた。当然の如く剣之介は拒否したが、いつもの笑顔のごり押しにとうとう折れてしまった。まぁ、パソコンでも観れるし、だからゆずったんだぞ? 決して俺が負けた訳じゃないんだぞ?

「あぁ、そうだ、太一ぃ」
 剣之介はどんよりとした声で言った。
「んん? なに?」
 テレビから目を離さず太一。
「おまえ、学校始まったら、言うなよ?」
「へ? 何を?」
「これ」
「は?」
 太一の鈍さにはイライラさせられる。
「だから、一緒に住んでること」
「はぁ? なんで?」
 細い目を更に細めて、首を傾げる太一。
「なんでもだ! 絶対言うな! 誰にも!」
「ちぇ、自慢になると思ったのに」
「何の自慢になるんだよ!」


「オラ、いつまでテレビ観てんだ? さっさとジャージ脱げ!」
「え!? ケンちゃん、昼間っからやらしぃ♪」
「テメエ、殺すぞ」
 剣之介は背後から太一の首を絞めた。
「フグッ、わがったがら、優しくして」
「洗濯すんだよ! 早く脱げ! そして部屋に散らばってるのも洗濯機に入れろ!」
 太一はやっと動き出し、ぶつくさ言いながらジャージとアンダーシャツと靴下を脱ぎ、部屋に入っていった。
 剣之介は呼吸を落ち着かせ、太一の首に回した掌を見つめる。
 随分太い首だ。それにアイツの体、かなり鍛えられているらしい肉付き。ふぅん、野球が上手いっていうのも、あながち大袈裟でもないらしい。
「ほら、早くしろ!」剣之介は太一の部屋に向かって叫ぶ。「干すのも自分でやれよ!」
 部屋からは、太一の不平が聞こえてきた。
 ハァ、頭痛ぇ。
 剣之介はダイニングの椅子に座って頭を抱える。
 この先俺はやっていけるのか? すさまじく不安だ。

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プロフィール

HN:
藤巻舎人
性別:
男性
趣味:
読書 ドラム 映画
自己紹介:
藤巻舎人(フジマキ トネリ)です。
ゲイです。
なので、小説の内容もおのずとそれ系の方向へ。
肌に合わない方はご遠慮下さい。一応18禁だす。

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