6 知っているコト知らないコト
岩熊太一が教室を去った後、古谷剣之介は自分の席で顔を真っ赤にして固まっていた。
くっそぉ~、太一にのせられて余計なこと言っちまった! 面倒事はゴメンなのにぃ、これで周りから変にかんぐられるのはウザイなぁ・・・。
「おい」
「・・・」
「おい」
隣の坊主頭のことはすっかり忘れていた。それがまだ話しかけてくる。
「ああ? 何だよ!」
剣之介はできるだけ自分の動揺を悟られないように努めながら、隣を向いた。
「あのさ、岩熊太一と、どういう関係なんだ?」
うわっ・・・、いきなりコイツ厄介なこと訊いてきたよ・・・。説明めんどくせぇ~。
「ん? 別に・・・」
「別にって、おまえ県外から来たんだろ? 知り合いな訳ねぇよなぁ」
何だ? コイツ。なんでそんなに太一にこだわんだ?
「さっき、友達になった」
「ウソつけ。ありえねぇし」
「チッ・・・」剣之介は軽く舌打ちした。「いとこなんだよ」
「それで? 一緒に住んでる訳?」
「まぁ、いろいろカテイノジジョウがあってな」家庭の事情、こう言っておけばこれ以上突っ込んでこないだろう。内輪の問題ですってな。「ていうかさ、おまえ、なんでそんなに太一のことで突っかかってくんの?」
「あ? ああ、オレ、野球部だしな。それで」
「はぁ? ぜんぜん答えになってねぇんだけど。そっちこそ、別に太一と友達なわけじゃないんだろ?」
その言葉に、坊主頭の方が意味が分からないといった顔をした。
んん? 何か俺、変なこと言ったか? 剣之介は戸惑う。
「ナニ? おまえ従兄弟なのに岩熊のことなんにも知らねぇのか?」
はぁ? 俺が太一の何を知らないだって? 洗濯、掃除、料理、なぁんにも出来なくて、大飯食いで、家に居る時はテレビかマンガばっかりみてるだけ。わがままで、ずうずうしくて、しつこくて、アホな奴、それ以外に何があるっていうだ?
「岩熊はウチの県のシニアじゃ、かなり有名なんだぜ? いや、東北大会まで行ってたから、東北でも知られてるかな?」
「へぇ、なんで?」
「ば、バカ! あ、あいつはものスゲェバッターなんだぜ? 県大会じゃ六割近い打率で、HR4本の打点18。県外の高校からもスカウトがきてたらしいけど、ココを選んだんだってさ。オレ、岩熊と一緒のチームになれると思うとさ、もう興奮しちゃうんだよね。もしかしたらさ、アイツと一緒なら、こ、こ・・・」
「ナニ? 甲子園?」
「ば、バカ! そんな軽々しく言うな!」
坊主頭は慌てて立ち上がろうとした。
「へぇ、なんか知らんケド、とりあえずスゴイんだ」
「あのさぁ、おまえイマイチ野球に疎そうだからわかんないかもしんないけど、とにかく岩熊太一はスゴイんだよ! オレの憧れ!」
「ふ~ん、ケド、おまえも野球やってんだろ? しかも同じ学年の奴に憧れてどうすんの?」
「はぁ? どういう意味だよ?」
「だからぁ、憧れ、なんて言ってるようじゃ、テメエの実力はたかが知れてるなってこと」
「ああ? この野郎、なんにも知らねぇクセに何言ってんだよ!」
坊主頭が椅子から立ち上がり、剣之介の襟元を掴みかかったと同時に、教室のドアが開いて、先生が入ってきた。
「ほらほら、席につけ~。おい、和気、古谷、何してんだ? じゃれてんじゃないぞ、席に着けよ!」
「オイ、放せよ」
剣之介は立ち上がっている坊主頭、和気を睨み上げる。和気は舌打ちして、剣之介のシャツを掴んでいた手を、荒っぽく放した。
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