流れ星 2
いつもの校門の景色も、この高い門柱の上から、しかも誰もいない夜に眺めると、まるで別物だった。非日常というより、異世界に迷い込んだような感じ。
目の前の雑木林からは、静かに虫の声が聞こえ、それでいて余計に静寂は耳に痛いほどで、闇はそれ自体に質量があるみたいに存在感を示し、腰掛けた門柱は、昼間真夏の陽射しを受けていたのに、今ではやけにヒンヤリしていた。
「あっ・・・」
木ノ下が隣で小さく声をあげた。
俺は一瞬ビクッと体を震わせた。そうだ、木ノ下と一緒だったんだ。
「どうした?」
「なんだよー、見てなかったの? 流れ星だよ? 流れ星」
俺はさっきからかわれたことを根に持って、反撃した。
「流れ星なんて、珍しくもない」
「へぇー。じゃあ最近流れ星を見たのはいつだよ」
「えっとー、いつだったかなー・・・」
「ハァ~」と木ノ下は軽く溜息をついた。
俺は少しムッとしながら、何気なく夜空を見上げた。そして息を呑む。何だ? コレ。下で見たのと全然違うじゃねーか。
圧倒的な数の星の輝き。それは本当にこぼれ落ちてきそうな、満天の星空。
「ちゃんとソコにアルものを見てないと、見えるものも見えないよ?」
木ノ下は夜空を見上げ、独り言のように言った。
俺も、夜空を見上げながら、独り言のように聞いた。
だけど、なんとなく、心の片隅に引っかかる言葉だった。
ちゃんとソコにアルもの
見えるものも見えなくなる
「あっ!!!」
不意に二人揃って短く叫んだ。
「見た?」と木ノ下。
「見た!」と興奮した俺。
銀色の光が、引っ掻き傷のような跡を残して夜空を走り、そしてパッと大きく輝いて消えたんだ。
「なっ、なんかスゴクね? 今の?」
「うんうん、なんか爆発みたいだった!」
いつもクールというか飄々とした木ノ下が、妙にはしゃいでいるのが可笑しかった。そして、痛切に愛くるしく感じた。
そう、苦しいんだ・・・。
「隕石だったりして」と木ノ下。
「さすがにそれはないだろ」
「願い事しておけばよかった」
「願い事かぁ・・・」
なんだか、願い事はもう叶ったというような、不思議な満足感が俺を満たしていた。何故だろう?
「木ノ下の願い事って?」なんとなく訊いてみた。
「オレのは・・・」
「アッ!!!」(×2)
その時、また一つ流れ星が現れたと思ったら、また一つ、また一つ、いや、二つ、四、十、三十???
やがて光の軌跡は無数に増え、まるで夜空が墜ちてきたような、大流星群となった。
しばらく俺たちは口もきけなくて、呼吸をするのも忘れてただただこの大自然の、大宇宙の一大ショーを眺める一観客に成り下がっていた。
「お、お、お、オイ! 見たかよ、ナニ?これ。マジすげーよ!」
「見た見た見た!!! スゴイ、スゴイ、スゴイ!」
俺たちは、いつの間に手を握り合って、振り回して、そして顔突き合して、興奮し、喜び合い、歓喜の言葉にならない言葉を叫んだ。
「スゴイよオレたち! スゴイのみちゃったよ!」
「ああ! 俺たちってスゴイ!」
なんだか知らないけど、お互い褒め合って、この瞬間の感動を分かち合おうとした。
「木ノ下、おまえ涙出てんぞ?」
「ワタルだって、泣いてんじゃん」
「んなことねぇよ」
「だって、ホラ」木ノ下はそう言って俺の目の下を人差し指で掬った。「濡れてんじゃん」
木ノ下の人差し指は、夜空の光を受けて、銀色に輝いて見えた。
「わっ、他人の涙もしょっぱいんだね」と俺の涙のついた指をいきなり舐めるやがった。
「お、おい! なにしてんだよ?」
「え? ナニ?」
木ノ下はケロっとしてる。取り乱してるこっちの方がどうかしてる、といった感じで。
「いや、なんでもねーよ」
くすぐったいような、変な気分で、俺は頭の後ろを掻いた。
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