「一万年生きてきたなど、偽の記憶かもしれない、だろ?」
そう言って龍樹先生は陰惨な笑みを浮かべた。
え?
つまり、
それは、
いったい、
どういう事だ?
オレの中にある記憶は全部偽物、だと?
オレという人格はウソ、だと?
「フフフ、極端な話、実は普通に高校生の年齢だということも有り得るかもね☆」
では、今ここにこうして立って、あれやこれやと考えを廻らせているオレはいったい何者なんだ?
「ま、どっちにしろ、創られた存在なんだろ? トキジク君☆」
「いい加減な言葉で惑わすなっ!!」
姫の鋭い言葉がパシンっという乾いた音と共に響いた。
波の音と潮風にも負けない、肉声。
初めて聞くかもしれない姫の、怒声。
見ると龍樹先生が頬を手で押さえている。
やっぱり、引っ叩いた、のか?
もしかして、ヤバい状況?
裏山での出来事が脳裏をよぎる。
このオレが反応すら出来ずに心臓に短剣を突き刺されたことを。
守り切れるか!?
「フッフッ負っ負っ・・・」
低く呻き声を漏らす龍樹先生。笑ってるのか?
「ハァーッハッハッハッ!! なんともすばら 『べチン!!』
ええええええ!?
『べチン!!』って・・・。
かなり喰い気味にもう1回姫のビンタが飛んだ。
キメ台詞すら言わせない猛攻。
ていうかオレ達、もしかして死んだ?
「いやいや、なかなか良いのを持ってるじゃないか☆ 美しき者から手を上げられる。紳士として本望デス!! そしてそれが騎士道へと通じていくんだろ?!」
溌剌とした笑顔で奇異な事を口走る龍樹先生。
「美しき女性に虐げられてこそ騎士なのだよ!!」
どこで覚えてきた、その倒錯した嗜好。
まぁ、バカなおかげで助かったかもしれない。
姫もリアクションに困って引いている。
「ま、それはさておき、あちらの方は、お知り合いかな?」
先生の視線の先には、1人の男が立っていた。
白のカッターシャツに黒いネクタイ、黒のスラックス、黒の革靴。
まるで葬式帰りだ。
そして左手には太刀が一振り。
こちらが気付いたのを知って、近づいてくる。
あの人は確か、唱(トナウ)さんの弟で、奇杵仕(クシキネ ツカウ)さんだ。
「あの方は、私のお目付け役だ。良く言えばボディーガード」
姫が平坦に言った。
「ふぅん、なんだか殺気立ってるみたいだけど?」
「彼女から離れろ!! 妙な動きをしたら叩っき斬るぞ!!」
確かに凄い剣幕だ。
「おまえもだ、ヨロキ!! 菊桐姫から離れろ!!」
オレにまで怒気を向けてくる。
「ねえ、君って彼等の一味じゃないの? もの凄い邪慳な扱いだけど」
先生が小声で訊いてくる。
そういうところは知らないんだ、この先生。
「いえ、まぁ、いろいろあるんですよ」
とだけ答えておいた。
実際いろいろあるのだから仕方がない。
御祖家の中で、オレはいま一つ認知されていない。
それも当然か。
突然胡散臭い素性の存在が現れて、自分達の盟主であるスメラギの傍に居るんだからな。
一族の内に伝わる伝説の中の存在など、誰も信用しないし、信用ならないだろう。
そういう見地からすれば、姫の言う「御祖家にとってもスメラギにとっても特異な存在」というのも分かる気がしないでもない、か。
「菊桐姫はこちらに!!」奇杵仕さんは太刀を抜き、その切っ先をオレと龍樹先生の間に向けた。「勝手な行動は困る!! で? この状況はいったい何なんだ?!」
視線からすると、どうやらオレに説明を求めているらしかった。
「この状況・・・、っていうと?」
「だからどうしてここに居て、この男は何をしているんだ!?」
奇杵仕さんは苛立たし気に、言葉を荒げて言った。
「ああ、オレが姫を誘って海を見にきたんだ。そしてコチラはオレの学校の先生様で・・・・、まぁ偶然出会った訳で・・・」
うん、ウソにはなっていない。むしろ確実な、そして適切な説明だと思う。
これ以上詳しい事を言えば言うほどオレの立場はどんどん怪しくなるってもんだ。
特にこの先生に関しては。
「日高見の教師!? こんな見てくれで? だいたいどうしてずぶ濡れなんだ!?」
ホラきた。
つーか香久夜からなんも説明無いんだよなー、龍樹センセの事。
まぁ、あったらあったでややこしい事態になるんだろーけど。
オレは先生に、自分で説明して下さい、と目で催促してみた。
ホント、この存在は災いでしかない。
「オッホン!!」龍樹先生は偉そうな咳払いをして、語り出した「ここは教師として、大人として、私が説明致しましょう。正に私は、散歩の最中でして・・・・」
そこで先生は話を止める。
どうやら説明終わりらしい。
「・・・・・・・。で?」
終った事に気付かず、先を催促する仕(ツカウ)さん。
「? え? 何が?」
「だからなんでそんなびしょ濡れの格好になって姫から張り手喰らわされてたんだ!?」
マジになるな、仕さん。この先生を相手にして。
「あぁ、それね」と言ってもの凄く不吉な笑みを浮かべる先生「惑わして、迷わせて、かどわかしていたんですよ、このいたいけな少女を☆」
ヤバイ。
挑発に乗るな、仕さん!!
「余り調子に乗るなよ」
低くドスの効いた声で仕さんが言う。
そしてその姿を消した。
奇杵仕(クシキネ ツカウ)。
スメラギ御三家の一つ、奇杵家当主、奇杵唱さんの実弟にして、瞬間移動の能力を使いこなす。
現在、水分家最強巫女、菊桐姫のお目付け役。
その彼がオレ達の前から姿を消した瞬間、龍樹先生の背後に姿を現した。
先生の背中に日本刀を突き付けた格好で。
「姫に対して数々の無礼、もはや一般人かどうかなど関係無い。今ここで土下座して謝れ」
仕さんは先生を脅す。
「随分物騒じゃないか。この国は平和な国って聞いてたんだけどなぁ」
「3秒くれてやる。1、2、さ」
『バシュ』
3、と数え終える前に、太刀を握った仕さんの腕が肩まで破裂した。
なんの前触れも無く。
まるで埋め込まれていた小型爆弾でも爆発したように。
飛び散る肉片。
真紅の血飛沫。
仕さんの真っ白なシャツを鮮やかに染め上げる。
「あはははははは!!」高らかに笑い声を上げる龍樹先生、あるいは這寄る混沌「これは愉快愉快、ダイヤモンド☆ユカイ!!」
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