瓜生君に言われて、急いで席を外して追いかけた。
何も考えずに、無心で。
むしろ無心でしかいられなかった。
心臓の鼓動がやかまし過ぎて、思考が圧倒されていた。
まだ昼休みの賑やかな教室に戻る。
だけど何度見渡しても錦君の姿は見つからない。
あれ? あれ? あれ?
先に教室に戻ってるって言ってなかったっけ?
窓際まで行って、校庭にも目を走らせてみる。
居ない。
廊下に戻って確かめてみる。
居ない。
どこにも居ない。
では、どこに行った?
間に合わなかったのかな。
本当に嫌われちゃったのかな。
この一か月、ずっと誰れにも認識されないままにしろ、
ちゃんと登校はして、授業には出ていた。
先生の話は聴いていたし、休み時間だって教室に居た。
体育だって音楽だって美術の授業だって出ていた。
そこで目についたのは、棚機錦君。
彼は僕の理想だった。
理想の、妄想の、夢想の僕の、具現化した姿だった。
余りに酷似していた。近似していた。
あんな風になりたい。あんな風に振る舞いたい。
もし人前に出て、
教室の中で、
友達と一緒に・・・、
彼みたいに話して。
彼みたいに笑って。
彼みたいにはしゃいで。
彼みたいに怒って。
彼みたいに泣いて。
でも、
誰も僕を見てくれなかった。
誰も僕に話しかけてくれなかった。
誰も僕に気付いてくれなかった。
誰も僕に触れてくれなかった。
錦君。
君が光だった。
だけど眩しかった。
見ていられなかった。
僕は圧倒的に影だった。
認識されない影の世界に居た。
だから僕は光を諦めた。
僕は影に沈むことにした。
影で世界を覆うことを望んだ。
だけど、ここに再び戻ってきた。
今度は、影から抜け出す為に。
と、そこで頭を殴られた。
グーで。しかもグーで。
「痛っ・・・」
「なーに辛気臭い顔して廊下に突っ立ってんだよ。通行の邪魔だ」
万木君だった。
「今にも消えそうだったぜ? 逃げんのか?」
「・・・、そんなことないよ」
恨み言の一つでも、いや、呪いの言葉でも吐いてやろうと思ったけど、止めた。
そんなの、認めたくない。逆戻りは嫌だ。
「で? あいつは? あぁ、その様子だと、駄目だったか、嫌われたか」
どこか嬉しそうに得心顔の万木君。
なんて奴だ。呪っておけばよかった。
「駄目だったんじゃないよ。居なかったんだよ」
「じゃあ、撒かれたのか。逃げられたな。ま、あんなバカには春日麿の良さは分からないっての。それにあんなの居なくても、オレが居ればじゅーぶんだよなーーって、不十分ですかー?? 春日麿さん、めっちゃ不満顔なんだけど!!」
「万木君には分かんないよ、僕の気持ち・・・」
誰にも知られず。
誰にも認められず。
誰にも知覚されず。
ずっと独りだった僕の・・・。
『一万年・・・』
万木君の言葉を思い出す。
一万年探し続けた。一万年待ち続けた。
どこまでが本当なのか分からない。だとしても、万木君はいったいどんな・・・。
「さっき瓜生って奴にも言われたよ。オレが『なんにも知らないくせに』なんて言ったら、『知らないのは当たり前だ、だからこそ友達になりたいんだ』みたいなこと言われたよ。そうだよなって思った。オレ達、知らないんだよ。知らな過ぎるんだよ。オレと春日麿だって、あいつらだって」
「うん、知らないから、知りたい。もっと知りたい。だから友達になりたい」
「変な奴らだよなぁ。長く生きてるけど、ああいうの、久し振りな気がする」
どれくらい久し振りなの、とは今は突っ込まないでおく。
万木君とはまた後でじっくりと知ることにする。
だから今は・・・・。
「オッホン!! ゴホンゴホン、ェヘン!!」
気が付くと、向かい合う僕らの隣に、棚機錦君が大袈裟な咳払いをして立っていた。
「えー、あー、なになに? 君たちはこの神聖な学び舎としての学校で、しかも一般生徒が行きかう廊下で白昼堂々といちゃつく仲なのかね?」
「べ、別にそんなんじゃ」
「残念でしたー、オレ達はそんな仲だよなー?」
「万木君、話ややこしくなるからちょっと黙ってて」
ありったけの冷たさを言葉に乗せる。
「あ、はい」
お、意外と効いたらしい。
さあ、あとは落ち着いて、冷静に、普通に普通に普通に・・・。
「ににに、き、いや、にぎし君、じゃなくて、ニギハヤヒ、あわわわ、
お、オギャーーー!! 助けてーーー!!!」
「落ち着け」X2
錦君と万木君にダブルで突っ込まれた。
すみません。取り乱しました。
では、気を取り直してもう一度。
そう、人生やり直しは効くのだ。
いつだって、どこでだって。
と、自分を無理矢理説得する。
「あ、改めまして、初めまして!!
僕は、児屋根春日と申します!!
春日、なんて名字みたいな名前だね、
なんてよく訊かれます!!
ウソです。ごめんなさい!!
今まで一度もそんなこと訊かれたことありません!!
友達なんて一人も居ませんでした!!
ずっと自分に引き籠ってました!!
けど、これからは、変わっていこうと思ってます!!
こんな僕ですけど、よろしかったら、友達になって下さい!!
お願いします!!」
僕は、深々と頭を下げて、右手を差し出した。
たく、天下の往来でデケー声だしてからに・・・、なんてボヤキが聞こえてきた。
そして。
「俺は棚機錦、私立日高見学園1年5組、吹奏楽部所属、パートは打楽器!!
お互い誤解や勘違いや行き違いがあるみたいだけど、
これからどんどん仲良くして行こうぜ!!
こっちこそ、よろしく!!」
ぎゅっと右手を力強く握られる感触が伝わってきた。
まるで心まで鷲掴みにされたみたいに苦しくなる。
顔を上げてみると、はにかんだ笑顔の錦君が僕を見ていた。
「なんだか楽しみだな、学園生活がよ」
「うん!!」
ああ、生きていて、良かった。
私立日高見学園 第1章 『人生に迷ったらソウルを聴きなさいよ』
<終>
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