テーブルを去る錦の後姿に語るように、オレは語った。
「カスガマロ君、自分の理想を錦に投影しちゃぁ、ダメだぜぇ。あいつには荷が重過ぎる。そりゃあ錦でも逃げ出したくなるってもんだ」
「あ、でも、あの・・・」
何をどうしていいか分からなそうにうろたえるカスガマロ君。
「無自覚なのは良いのか悪いのか・・・」まったく図りようが無い。「ま、とりあえずちゃんと正直に正確に自分の意思を伝えてきた方がいいと思うよ」
「ハイ!!」
意を決して席を立ち、食堂を出て行くカスガマロ君。
追いかけようとするヨロキ。
「過保護なもんだなぁ、放って置いたら?」
それを聞いて立ち止まり、無言でオレを見るヨロキ。先を催促するかのように。
良い心がけだ。
「なんだか純真だねぇ、カスガマロ君は。今時珍しい。絶滅危惧種、いやシーラカンスだな」
「生きた化石は言い過ぎだろ」
「無心で無謀で無遠慮で無垢過ぎる。15、6年生きてきて、そりゃあ無防備過ぎるよ。どう思う? パートナー」
ヨロキはなんとも言えない表情をした。
「何も知らないくせに、知った口を利くな、って顔だな。ま、連れも仲良くなりそうだし、よろしく頼むは」
オレは右手を差し出した。
ヨロキはその手をじっと見据える。まるでツチノコでも見つけたみたいに。
「ん? 何だ? 左利きか?」
違うよ、とぞんざいに手を払う。「それこそ、何も知らないくせに、だろ?」
「おいおいおい、何も知らなくちゃ、友達にもなれないのか? お互いの事を十全に知ってからでないとヨロシクっても言えないのかよ? 冗談じゃねぇ、バカ言うな。こっちだっておまえ等のことなんてなんも知らねーよ。それでも一方的って言われても仕方ないくらいに好意が持てそうだから、ヨロシク、って手を出してんじゃねーか。もっと良く知りたいから、仲良くなりたいから、近づきたいから、友達から始めましょってもんだぜ。それでもダメか? 不満か? 足りないか?
それとも友達は作らないって主義か? そんなら無理は言わねーよ。だけどな、オレとしちゃぁ、無理言いたい訳さ」
今度はオレの目をじっと見詰めるヨロキ。
それは覗き込むって言った方が的を得ているかもしれない。
不思議な眼差しだ。それ以外に表現が難しい。
いったいこいつは今までにどれだけのものをその目で見てきたっていうんだろう。
「変な奴だな、いや、変な奴等だな」
クスっと苦笑いをこぼすヨロキ。
案外笑うとかわいいもんだ。
「とりあえず、ヨロシク」
差し出された手を取るヨロキ。「こういうの慣れてねーんだ、っていうか苦手なんだよな」
「たく、小学生か? 何年生きてんだよ」
「うーん、一万年♪」ウィンクして八重歯を見せる。「おわ、そんじゃ、春日麿のこと追うわ。オレ、やっぱ過保護だし」
ふうん、とりあえず、か。
そしてテーブルには誰も居なくなった。
オレ以外。
それじゃ、こっちもそろそろ腰を上げますか。
追いかけるって言っても、追いつけないだろうなぁ、あいつ等じゃあ。
オレは学食を退出し、廊下を突っ切り、階段を上り、屋上に出た。
気持ちの良い青空。
五月の風が吹き渡る。
屋上のフェンスに向かい合って、
鬱々といじけているのは、
棚機錦。
「にーしき。もしかして、泣いてる?」
「どうして俺様が泣くなどという行為に屈しなければならない?」
「アホ言ってねーでこっち向いてみろ」
「ふっ、五月の薫る風が目に沁みるぜ」
「めっちゃ涙目じゃん」
「キターーーー!!!」
「目薬じゃねーだろ」
屋上のフェンスをくしゃっと掴み、一緒に校庭を、そして広がる町を見下ろす。
「イイ風だ。それにイイ景色」
錦にはここ屋上に上がってくるクセがある。
良い事悪い事、なんでもキャパオーバーの事が起こると、フェンス越しに世界と対峙する。
「俺、嫌な奴だった」
「ああ?」
「カスガマロの前で、嫌な奴だった」
「別に今始まった事じゃねーだろ」
「うん、そうだね。俺はいつも嫌な奴だ。最低だ」
オレは世界から目を逸らし、隣で辛そうな顔で風に吹かれる錦を見る。
それはどこにでも居る高校一年生の少年の顔。
どこにだって居る。誰だって経験する。いつだって体験する。
何にも特別なんかじゃない。
普通なんだよ。
「本当はどうしたかったんだ?」
「さすがは瓜生って感じ? 俺のことよーく分かってらっしゃる。カスガマロみたいな奴さ、好きだよ。なんかほっとけないっつーかさ」
「似てるもんな、おまえと。類は友を呼ぶ、か?」
「そうか? ていうかそれなら同属嫌悪とか使って欲しかったな」
「それじゃ意味逆だろ。別に似た物同士がくっついてもイイだろう」
「うん。でも余りに俺のこと誤解してたからさ」
「錦だってあいつのこと何も知らないだろ?」
「誤解と知らないは違うよ。俺はそんなイイ奴じゃない」
「だけど悪い奴でもない」
「う・・・」
「その場で嫌な奴だったからって、いつでも嫌な奴って訳じゃないだろ? 24時間365日嫌な奴なんて居ない。もし居たらそいつは人間じゃない。人っていうのは、最低の奴と最高の奴、その間を行ったり来たりしてるもんなんだよ。ある時は悪魔でも、ある時は聖人でいられる。それが人間だ。その振幅が激しすぎると問題だけど、概ね人はその中間を目指して頑張ってんだ。誰でもそう。みーんなそう。
だから悩むのはイイが、恥じなくてもイイ。
それに、おまえは総じてイイ奴だと思うぜ」
「嬉しいことを、言ってくれる。瓜生はいつも、嬉しいことを言ってくれる」
「いつも、じゃねーよ。ときどきだ。たまたまだ」
そして錦は、その小さな頭を、オレの肩にクタっと預けた。
たく、甘えやがって。
オレは左腕を錦の背中からまわして、頭をクシャっと掴んでやった。
「そろそろ行ってやれよ。今頃教室辺りで右往左往してるぞ」
「なんて言えばイイ?」
「自分で考えろ」
「分かった」
錦はそっと腕から抜け出し、駆け出した。
「あーあ、どいつもこいつも世話が焼ける」
フェンスに背中を押し付け、もたれかかった。
空でも見上げようとしたら、向かいのフェンスに同じようにもたれかかってる奴がいた。
制服を着てるが、モンゴロイドにしては余りに肌の色が濃かった。
それは褐色。
PR
COMMENT