あまり進展のないまま香久夜さんとの特訓を終え、理事長室がある大学の管理棟を出た。もう夕方だけど、まだまだ大学構内には学生が大勢居た。
まぁ、高等部とは違うよね。
さて、寮にもどろうかな、と思って歩き出してからふと立ち止まり、折角だしとりあえず復習として、周囲を拒絶してみた。
以前は、自覚がないまま世界そのもの拒絶していた。
だけど香久夜さん曰く、「おまえが本当に本気で心底本領発揮して世界を拒絶したらあんなものでは済まない」という事だった。
だから止めておけ、と。
むしろ禁止事項にされた。
今ではやろうと思っても出来ないと思うけど。
だから今はなんとなく人目を避ける程度にしてみた。
大学生達が往来する広場で立ち止まり、静かに人を拒絶する。
昔みたいに、人を嫌ったり、怖がったりではなく、
ただ自然に、穏やかに、だけど毅然と、周囲の空間に、僕の意思を与える・・・。
ハッと気づくと、僕が立つ半径御2mくらいの円の中に人は誰も居なくなっていた。
歩いている誰もが、ごく自然に、何気なく、僕の周囲を避けて通っていた。
偶然ではない。広場とはいえ、今立っている場所は芝生と建物に挟まれた広めの通路のようになっていて、僕の周囲を避けて歩くにはかなり意識しないと無理があるのだ。
それをみんな無意識に避けて歩いていく。
ま、これが基本中の基本、ようやくスタートライン、ってところなのかな。
香久夜さんに言わせれば。
僕はふぅと息を吐いて、一安心する。
出来ない訳じゃないことが分かったから。
それでは、そろそろ本当に帰ろうかな、と顔を上げた時、
人波の向こうに、こちらをじっと見つめて立っている男性と視線が合った。
え? あの人、僕をずっと見ていたの?
ひょろっと背が高く手足が随分と長い、華奢な痩躯。
白のポロシャツに黒いズボン、靴。
なんだか上から吊るされてるみたいに微妙な姿勢でゆらりと突っ立っている。
僕が見えていたのか?
僕に気付いていたのか?
確かに、この距離なら力が及ばないのかもしれない。
今僕は、見えなくなっている訳じゃなくて、避けられているだけの状況なのかもしれない。
だから、視られていてもおかしくはないのかもしれない。
だけど、何故視られているの?
僕の力に、僕の影響に、気付いている?
そして、こちらを視ている男の人が、ちょっと体を動かしたので、こっちに来る? と思ったら、いつの間にか目の前に居た。
え?
「君、面白いねぇ」大人の人にしては高い声。「うわ、近くだと変な感じするわぁ」
さっきまでの距離、大股でも十歩はかかる。
それを一瞬で詰めてきた。
何が起こったんだ?
瞬間移動、みたいな?
まさか。でも香久夜さんの例もあるし。
あ、もしかして、万木君と同じ・・・・?
「ねぇ、それどうやってんの? もしかして、御祖の人間?」
ポケットに両手を突っ込んで、身を屈めて僕の顔を覗き込んでくる。
真っ直ぐに僕を見ている筈なのに、その視線はどこか遠くを見ているようだ。
まるで僕を透かして、背後の何かを見ているみたいな。
何かがズレている感じ。
視線、声、姿勢、態度、雰囲気。
もしかしたら、すべてがズレでいるのかも。
こんな人、初めてだ。
香久夜さんは僕みたいなおかしな能力、『異能』を持つ人を管理、監視、あるいは集めているみたいだから、もしかしてこの人もそういう関係なのかな?
「ねーねー、どうなの? もしかして喋れないの? それともオレの事が嫌い? あー、分かるわーソレ。大抵の人から嫌われるんだわ、オレ。でも、知ってる? 他人の嫌いな部分って、自分の中の嫌いな部分なんだよ?」
ずっと僕を見ながらはなしているのに、相変わらず視線が合わない。会話もどんどんズレていく。
永遠の行き違い。
永久に交わらない。
そんな不毛な感じを与える人。
「もし君がオレに嫌いな部分を見つけたなら、それは君自身が持っている自分の嫌いな部分なんだよ、分かる? だから君は醜い♪」
「え?」
「他人の嫌いな部分って沢山あるよね? でもみーんな君の嫌な部分なんだよ? 君の中になる、いやーな、そしてみにくーい部分」
僕は不覚にも、この人が嫌いだ、と思ってしまった。
そう思わされたのかもしれない。
それでも、彼を嫌いだと思った瞬間、自分の中で嫌いな部分がむくむくと育っていくような感じがして、苦しくなった。悔しくなった。
ダメだ、ぼ、僕は、、、誰か・・・・。
その時、突然誰かが僕の首に腕を廻してガツっと肩を組んできた。
容赦無く、問答無用な感じ。でも心強い。
「よ~、オレの不肖の弟子ぃ~、忘れモンだぜ~」
僕の顔の横でぶらぶらさせている手には、超絶カッコイイ紙ヒコーキがあった。
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