僕、児屋根春日は、私立日高見学園高等部の1年生です。
都合により、学園の寮に住んでます。
二部屋一組で、共同のユーティリティスペースで繋がっています。
共同スペースにはテーブルと椅子、冷蔵庫などがあります。
トイレとお風呂と洗面台はそれぞれ共同です。
それらが各部屋に無いのは、環境整備の問題からだそうです。
確かに、高校生にそれぞれの掃除をなどを任せたら、大変なことになりかねませんよね。
そんな寮の一室で僕は終業式の朝を迎えた。
明日から夏休み。
寮生の何人かは実家に帰るらしい。
残りは運動部で練習があるから残るそうだ。
僕は錦君や瓜生君に誘われて吹奏楽部に入った。
吹奏楽部は夏休み中も練習がある。
だから僕も寮に残る。
だけど、練習が無くても、僕は寮に残るんだけどね。
僕の存在を忘れてしまったあの家にはもう戻れない。
それはあの人達の所為ではなく、僕の所為なんだけれど。
僕の心と力の所為。
僕の世界を拒絶した心と力の所為。
目覚まし時計のけたたましい金属音で僕は飛び起きた。
文字通りタオルケットを跳ね飛ばして。
アナログな感じの金属の音が「ジリリリリリ」と鳴る時計じゃないと僕は目覚めが悪い。
電子音だと気付かなかったりする。
どういうわけか非常ベルみたいな音だと驚いて目を覚ます。
ほとんど心臓に悪いんじゃないかと思うけど。
そうやっていつものように起きた朝。
7月だというのに、この辺りの土地は寝る時にクーラーが必要ない。
窓を開けて扇風機でも回しておけば、充分寝つける。
かといって昼間も涼しいかといえばそうではない。
ちゃんと暑いのだ。
パジャマの下とTシャツ姿のまま部屋を出て、冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出し、コップに注いで飲んだ。
冷たい水が喉を潤していく。
僕は寝ぼけまなこのまま廊下に出て、共同の洗面スペースに行って顔を洗い、歯を磨いた。
何人か寮生がいたけど、だれとも挨拶もせず、話もしなかった。
みんな寝ぼけているのもあるけど、僕には友達がぼとんどいない。
こんな朝のひと時に挨拶でもすればいいとは思うんだけど、
無視されたら、気付かれなかったらどうしようって思うとすくんでしまう。
それでも、こんな僕にもささやかな友達が出来たんだ。
錦君、瓜生君、佐伯君、千万喜君、そして万木君・・・。
僕の初めての友達。大事な大事な友達だ。
沈黙のまま自室に戻って、隣りの部屋のドアをノックした。
「万木君、万木君・・・・、居る? 朝だよ?」
しばらく様子をみたけど返事がない。
ドアを開けてみると、案の定万木君の姿はなかった。
最近留守にするのが多い気がする。
前から部屋に居ないことは多かったし、
授業に出てる方が珍しかったりするんだけど、
近頃は特に居ないことが多い。
随分忙しくしているようだ。
だったら僕にもちょっと言ってくれればいいのに。
僕だって香久夜さんの側近なんだから。
っていっても何をしたらいいか分からないし、無理矢理させられたんだけど。
厳粛で格式ばった儀式の後、いわゆる御祖家の人々の前に万木君と僕はお披露目された。
鏡の臣と剣の臣としてスメラギこと御祖香久夜さんの直下に入る為に。
どことなく、いや、確実に不穏な空気。
見知らぬ御祖家の面々の射るような視線。
確実に歓迎されていない雰囲気。
はっきりいって生きた心地がしなかった。
もう絶対にあんなのは御免だ。
「やぁ、おはよう。メガネ君」
寮を出て、校舎へ向かう途中で龍樹先生に声をかけられた。
「うっ、おはよう、ございます・・・」
「なんだい? 最初の『うっ』は?」
「いえ、特には、あ、いや、ひゃっくりです、そうひゃっくり」
焦って思わずウソを言ってしまった。
「あ、そうそう、ひゃっくりだよね!? やっぱりそうだと思ったアハハハハー!!!」
ああ、余計なことしなきゃよかった。朝から後悔。そして朝からウルサイ。
「OYA、OYA、どうしたんだい? こんな爽やかな夏の朝にU2な顔して?」
「え、いや、ちょっと頭痛くなってきたんで、先行きます」
「それは心配だなぁ、頭痛薬飲むかい?」
そう言って龍樹先生はスラックスのポケットに手を入れた。
え、ポケットに常備してるんですか?頭痛薬。
「あ、いいです。遠慮しときます・・・」
そこでふと、先生に万木君のことを訊いてみようか、という考えが浮かんだ。
無謀なことかもしれないけど、この先生ならなにか知ってるかもしれない。
この存在ならなにか教えてくれるかもしれない。
「あ、あの、龍樹先生、ちょっと訊いてもいいですか?」
「そうだね~、いつも生意気に憎まれ口叩いてるのにベッドの上ではデレるのがタイプだけど、大人しくて口下手だけど実はすっごく欲しがり、っていうのもOKだよ?」
え。
あれ?
なんのこと言ってるのかな?
ぼ、僕わかんない、や・・・・・。
「ん? 訊きたいことはこれと違ったかな?」
違わなかったらどうしてたんですか?
「え、えっと、その、ヨロキ君のこと、最近見かけませんでしたか?」
「ん? ああ、彼ね。えーと、ついさっき見たなぁ、裏山で」
「え。裏山、ですか?」
日高見学園の裏にある山。
不吉な謎が渦巻く山。
僕と万木君が出逢った山。
そして・・・
「そうだよ。朝の散歩をしていたら、偶然ね。ほら、君達と初めて会ったあの場所さ」
龍樹先生は微かに微笑んだ。
だけどその目は、どこか妖しい光を宿していた。
「はい、覚えています」
「行ってみるのかい?」
「もしかしたら。けど、これから終業式が・・・」
「善は急げ。出来るだけ早い方がイイと思うよ。彼も忙しそうだから」
「はぁ、でも・・・・」
「今から行って戻っても間に合うよ。なにかあったら私が口添えしてあげるから」
「そ、そうですか?」
「うん。だから行ってらっしゃい」
どこか言いくるめられたような釈然としないまま、僕は裏山の登り口へと足を向けた。
背後で、先生がこんなことを呟くのが聞こえたような気がした。
「彼の本当の姿を見るのも悪くないだろう」
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