ゴールデンウィークが終わってしまった。
まぁ部活でほとんど終わったんだけど。
どこにも行ってないんだけど。
それなりに楽しかったんで良しとする。
しかしなんで部活とかで学校来るときは苦じゃないのに、授業で学校に来るときはかったるいんだろう。
平日の朝は起きれないのに、休みの日の朝に限って早く起きてしまうのと同じだろうか。
イイせんいってるような気もするけど、惜しい気もする。
なんて考えている内に教室に着いた。
「おいおいおいおい、瓜生君、実に久しぶりじゃないかね、元気してたかい?」
着席するなり錦がおかしなキャラで寄ってきた。
「昨日も部活で学校来てたろ」
「いやいやいやいや、そういうんじゃないんだ。そーゆーんじゃないんだよ、瓜生君! なんかもう、何週間振り? みたいな。ずーっと俺たちのことほったらかして裏山で学園異能バトル繰り広げてませんでしたか? って勢い?」
えーーー!? なんか不穏な事言い出しちゃったよこの人!!
「訳分かんねーこと言ってんじゃねーよ」
「だってさ、だってさ、俺だってさ・・・」
「ホラ、おまえ他の人の机に勝手に座んなよ。めーわくだろ」
「だってここの席誰も居ない・・・って、いたーー!!?」
居た。
居てしまった。
言った本人のオレも居るとは思わなかった。
いや、別に居てもおかしくないんだけど。
席があるんだから誰かが居て当然なんだけど。
何故か人が居て驚いてしまった。
メガネにかかくるくらいの長さの前髪。
黒縁メガネの黒と遜色違わないほどの見事な黒髪。
目立ちそうなんだけど目立たない。
何か濃いのに薄い。決定的に薄い。
希薄。
目の前に完全に居るのに消え入りそうな気配。
そんなメガネの彼は、自分の机の上に他人が座ってぎゃーぎゃー騒いでいるのに、耐えるようにじっと俯いて椅子に座っていた。握った両手を膝の上に置いて。
「あ、悪ぃ悪ぃ、ゴメンな。こいつ猿だからどこでも座っちまうんだよ」
存在に気付いてなお唖然としている錦に代わって言い訳をする。
「む、ムキーー!!」
錦はやっと我に返って猿の猿真似をして机から飛びのいた。
しかし、こんな奴クラスに居たかな。
いや、居た気がする。絶対に居た、と思う。
だけどその反面、名前も知らないし話した記憶も無い。
それを居たといえるのか?
新一年生とはいえ、既に一ヶ月経つんだぞ?
だいたいオレの隣の席だ。ずっと空席だったらおかしいと思うし、居たら居たで記憶くらいあるはずだ。
「む、むむむ?」
「どうした? ニシキ」
「ん? いや、こいつ初めて見た気がするのに初めてじゃないような気もする。ていうかなんだか虫の居所がおさまらない感じがするなぁ?」
「おまえ何言ってんだよ」
まったく意味が分からない。分かりたくもない。
「なんだか何週間もほったらかしにされてた感はこいつの所為なんじゃないかって思えてきたなぁ」
「無茶言ってんじゃねぇよ! バカ! ホント申し訳ない」
オレは立ち上がって錦を廊下に連れ出そうとした。
「・・・・・ゴメンなさい・・・・」
聞こえるか聞こえないか程度のか細い声で彼が謝った。
へ?
なんで謝ったのこの人?
「や、やっぱりおまえなんか悪い事してたんだろー!!?」
錦はソレ見たことかっていう悪魔いたいな顔でメガネ君に詰め寄った。
「あの・・・、よく分んないけど、ゴメンなさい・・・」
なんだよソレ、と突っ込もうとしたら、錦に先を越された。
「なんだよソレ? 君さぁ、意味も分んないのに謝る訳? 何も始まってないのに負けを選ぶ訳?」
いや、錦、おまえの方こそなんだよソレ、だ。
何をもって彼を責めている?
理由無き言いがかりを先につけたのはおまえの方なんだぞ?
などと言ってその場を収めようとしたら、いきなりメガネ君がうつむいたまま泣き出してしまった。
膝の上で握り締めた拳は震え、、大粒の涙がズボンに染みを作る。
さっきからオレ、展開が早過ぎてついていけてないんですけど。
落ち着こう、オレたち。しばし落ち着こう、一息入れよう。
「あ、あの、だいじょーぶかな?」
「いえ、ちがうんで・・・」
メガネ君が何かぼそっと呟き始めたと同時に、教室の後ろの引き戸がバシン!!と大きな音をたてて引き開けられた。
「ごらぁぁああ!! てめぇら!! オレの春日麿を泣かせてんじゃねぇええ!!!」
鬼のような形相の男がどかどかと近づいてきた。
えーー!!??
またおかしな展開になってきたーー!!
そして鬼の男はオレと錦の胸倉を同時に掴み、床からつま先が浮くくらいに持ち上げた。
「こんなことしてどうなるかわかってんだろうなぁ?」
物凄い怒気を孕んだ低い声で脅しつけ、刺し貫くような目で交互にねめつけてくる。
ていうか腕一本で高校一年生の男子を持ち上げるなんて芸当普通出来るのか? こいつの異常な勢いよりもまずそれにドン引きした。
「ちょちょ、ストップストップストップ!!」
オレと錦は慌てて制しようとする。
「落ち着け!! 俺らなんにもしてねーって!!」
いや、錦、何もしてないはちょっと苦しいなぁ。ま、泣くほどのことはしてないと思うが。
「じゃ、なんで春日麿が泣いてんだよ!!」
さっきの状況見たら、オレたちがメガネ君を囲んで泣かしたように見えなくはないわなぁ。誤解されても仕方がないが、こんな問答無用の仕打ちを受けるいわれは無い。
ていうか、カスガマロっていうの? このメガネ君。
とそんなこと悠長に考えてる場合じゃない。
鬼気迫る彼の鬼の追求に言葉を詰まらせていると、メガネ君が立ち上がって止めに入ってくれた。
鬼男の胴体にしがみついて。必死に。
「だから万木君、違うって、誤解だって、二人を放してよ!」
「じゃ、なんで泣いてんだよ、おまえは」
ふ、と首を圧迫している力が緩む。
「そ、それは・・・」
カスガマロと呼ばれる彼は、何故か視線を逸らして言い淀んだ。
「言ってやれ言ってやれ!! この怪力バカに!!」
「黙れ!!」
と錦曰く怪力バカに一括されてしまった。
それにしてもホントに怪力だ。いや、怪力なんてもので定義出来る代物ではないんじゃないか?
ターミネーターのシュワちゃんみたいな体格でもないし、背だってオレ達とそんなに変わらないのに。
「えっと、言わなきゃダメかな・・・」
なんでそこで照れる?
お願いだから言ってくれ。冗談でもイイから。
こっちは命がかかってるんだから。
ちょっと大袈裟だけど、あながちそうでもないかも。
「泣けてきたのは・・・」
さっきから恐ろしく声が小さい、っていうか声を出すこと自体に慣れていないって感じの人だ。
皆で、この場合、胸倉掴まれて宙吊り首吊り状態のオレと錦と、そんなことを可能たらしめている怪力バカの三人で、次の言葉をじっと待った。
「涙が出たのは、嬉しかったから。
泣けるほどに嬉しかったから」
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