決勝の試合は近くの市営球場でやっていたので、楽器をトラックに積んでから、吹奏楽部員はそれぞれ自転車やバスや徒歩で学校へ戻った。
先に着いた順に楽器を降ろして片付け、任意で個人練習あるいは解散となった。俺は気分が乗らなかったので帰宅した。なんとも大胆な一年生だ。
家に帰って自分の部屋で制服のままベッドに横になる。天井の模様を見るとなしに見つめる。
佐伯主税(サエキチカラ)
浮かんでくるのはあいつのことばかり。家は自転車で5分ほどの距離。幼稚園からの幼馴染。高校までずっと一緒なんて、ありそうでない話。
昔っからあいつは野球ばっかりで、俺も付き合って小学校までは一緒にやってたけど、中学からは向いてないって諦めた。俺は普通、あるいはそれ以下で、佐伯は常にスター選手だった。だいたい高校入学して即スタメンってどんな規格外だよ。おまえはガイバーか。
中学で俺は吹奏楽部に入った。音楽はもともと好きだった。だけど入部動機の大半は、同じ学校で吹奏楽部にいたら佐伯の応援ができるから、だった。
不純だし、不順だ。もしくは腐男子だ。
そんな理由で音楽をやってるなんて、本気で音楽に取り組んでいる人達に申し訳なかった。
好きな奴の側に居たいから。
うわ、非常に痛い存在だ。
どんなに頑張っても、同じフィールドに立てない。居られない。
いや、無理すれば居られないことはないと思うけど、さすがにそれは迷惑な話だ。誰にとっても。それどころか目障りだ。
だから身を引いた。陰日向になり、三歩下がって見守ろうと思った。
いったい何様だよ、っていうかほとんどストーカー?
いや違う。
そう言いたい。
そう宣言したい。
「音楽やってるときは楽しいんだろ? だったらそれは真っ当な理由になるよ」
そう言ってくれたのは瓜生だった。
「どんなにいい加減でいかがわしくていやらし動機があってもさ」
もうそれだけでいろいろ駄目な気がするけど、そこは恋は盲目ということでご勘弁を。なんてったって中学生でしたから。
で、高校に入っても吹奏楽を続けている訳で。
しかも佐伯と同じ学校。
何故か残念な感じに見えるのは気のせい?
だって好きなんだからいいじゃん。仕方ないじゃん。
そんな動機でいろんな恐ろしい事件は起こるもので・・・。
いやいやいや、事件なんて起きませんから! 起こしませんから!!
だけど俺ってホントどうしたいんだろ、って思う。
佐伯とどうしたいんだろう。どうなりたいんだろう。
上手くイメージ出来ない。
もんもんと考えているうちに、いつの間にか眠ってしまったらしい。目が覚めたら部屋は暗くなっていた。それもそのはず、携帯の時計は9時を表示していた。うそ、すげー寝ちゃった。誰も起こしてくれなかったの? ていうか夕飯とかどうなってんの?この家。
余りにも寝過ぎた感にどん引きして、完全に目が覚めた。開いたままの携帯をみていたら、自然と佐伯に電話をしていた。
しばらく繋がらなくて、そろそろ留守電に切り替わるかな、と思ったら繋がった。
「もしもし?」
と俺。
「ニシキじゃなかったら無視してたぞ、携帯」
佐伯の声はなんとなく不機嫌そうだった。
「え、なに、それ。遠まわしに好きってコト?」
あ、切れた。
電話切りやがった!!
なんの迷いも躊躇も無く!!!
慌ててかけ直す。
「ちょ、いきなり切んなよ!!」
「さようなら」
「ウソウソウソ、ごめんなさい。ウソです冗談です!!」
「で?」
「あ、いま何してた?」
「ああ、ナニしてた」
「ナニしてたって?」
「オナニーの途中だった」
「あ・・・・、じゃ、ちょっと待って。終わる前にそっち行くから」
「フツー終わった頃に来るだろ!」
「誘ってるのかと思って」
「ナゼ?!」
そんな微笑ましいやりとりをしばらくした後に、YOUそんなならウチに来ちゃいなよ、ってことになって、俺は自転車をかっ飛ばした。
家を出るときに、母親が「あんた居たの? 何度も呼んだのよ」なんて言ってきたから、夕飯は佐伯の家で食べてくるから、と断りを入れておいた。
PR