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藤巻舎人 脳内ワールド

藤巻舎人の小説ワールドへようこそ! 18歳以下の人は見ないでネ

   
カテゴリー「私立日高見学園 第1章」の記事一覧

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私立日高見学園(7) 児屋根春日 

僕は児屋根春日(コヤネカスガ)
春日って名字みたいな名前だね、なんてよく言われる。
いや、それは嘘。
真っ赤な嘘。
悲しいくらいに嘘。
言われたことなんて一度も無い。
ついでに言うと友達だって一人も居ない。
だから僕の名前を気にする人なんて居ないんだ。
別にいじめられてる訳じゃない。
意図的に無視されてる訳でもない。
ただ単に、気付かれないだけなんだ。


いつの頃からだろう。
昔はそれほどまでではなかったと思う。
他の人より影が薄いだけだった。
気付かれにくい、見付かりにくい。
それだけだった。
確かに僕自身、人付き合いに興味がある方ではなかった。
出来れば避けたかったし、独りでいるのを好んだ。
その傾向は小学二年生の時、両親が事故で死んでしまってから更に強くなったと思う。
その後母方の親戚に引き取れたものの、学校では常に独り。
誰とも話さず、先生からも次第に見向きもされなくなり、家ですら存在を忘れ去られることがままあるようになった。
それでも、食事が僕のだけ足りなかったら、訴えれば気付いてくれたし、学校のことや、日常生活で必要なことは、僕が言えばちゃんとしてくれた。
逆に言えば、僕が言わなければ、何もしてくれなかった。
そう、すべては無視というものですらなかった。
僕は気付かれないんだ。
そしてとうとう、中学を卒業する頃には、完全に忘れられてしまった。
僕の存在を、認識すらされなくなってしまった。
高校への進学の手続もしてもらえなかった。
食事も準備してもらえなくなった。
返事すらしてもらえなくなった。
多分視認すらされてなかったのだろう。
それは家の中だけでなく、外のすべてに及んでいた。
道を歩いていても、まったく見えていないように平気で人がぶつかってきた。ぶつっかても気付かれもしなかった。ただ自分が何にぶつかったのかさえ気付かずに、不審な顔をして立ち去っていく通行人達。
外の世界の誰もが、僕を居ないものとしていた。
僕は存在しないものとなっていた。
僕は世界に存在しなくなっていた。
僕は絶望していた。
いや、そんなもの通り越して、諦めていた。
だって、すべては徐々に進行していったから。
存在しないものとして扱われるのに、慣れていたというのもある。
受け入れていたというのもある。
だけど、社会的に存在が消滅してしうまでいくと、また違ってくる。
お金だって無い。
誰も応えてくれない。
店の商品をとっても誰も気付かない。
勝手に他人の家に入っても誰も気付かない。
何をしても誰も気付かない。
僕はこのまま誰にも知られることなく生きて、
誰にも気付かれることなく成長して、大人になって、
誰とも感情や経験を分かち合うことなく、
誰にも気付かれないまま死んでいくのだろうかと思った。
それって生きているっていうのかな?
僕は生きているのかな?
僕は本当に存在してるのかな?
何も感じなかった。
もう心が麻痺してしまったのかもしれなかった。
それどころか、心さえ消えてしまったのかもしれない。


そしてある日、僕に手紙が届いた。
誰にも気付かれないといっても、一応親戚の家には帰っていた。
そこでふと、郵便受けに、自分宛ての手紙が入っていることに気付いた。
そこには紛れもなく、児屋根春日と書いてあった。
何年ぶりだろう、手紙を受け取るなんて。
そして、こんな存在が抹消した僕に、いったい誰が手紙をくれるのか。
こんな無の存在となった僕に気付いてくれて、気にかけてくれて、手を差し伸べてくれる誰かがまだいたんだ。
そう思ったら、泣けてきた。
本当に溢れんばかりに、湧き水の如く、止め処なく涙が出た。
抑えることが出来なかった。
嗚咽した。
叫んだ。
大声で。
生まれて初めてだった。
それはもう、爆発だった。
最後の方は笑っていた。
涙を流しながら、笑っていた。
嬉しかったのかもしれない。

泣き疲れ、叫び疲れ、笑い疲れ、
自分の部屋の畳に抜け殻みたいに横たわっていると、
まだ手紙の中身を確かめていないことに気付いた。
僕は跳ね起き、涙で濡れたメガネを拭いて、手紙を開けてみた。
それは、私立日高見学園への入学申込書と案内だった。
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私立日高見学園(6) 瓜生襷 

「・・・、だから、そういうのって即物的な感じがしないか?」
携帯の向こうで錦が言った。
錦の口から『即物的』なんて言葉が出てきたことに驚いていると、なぁ瓜生ちゃんと聞いてる? と不満そうな声がした。
「そ、即物的、だろ? まぁイイんじゃね? 恋とか恋愛とか綺麗に言ってもどうやったって肉欲は絡んでくんだろ」
「うわぁ、『肉欲』だって。瓜生エロい」
「テメェ、ぶっ殺すぞ。そっちが先に言い出したことだろ」
「はいはい、瓜生はむっつり、ってダメ!! 電話切るな!!」
なんで分かった? 通話を切ろうとしたのを。気配が伝わった?
恐るべし携帯機能。もう気配まで伝えてしまうようになったのか。
「まぁ、恋愛対象を決める上で内面か外面か、好きだからやりたいのか、やりたいから好きなのか、みたいなさ、そういうのって不可分だと思うんだよな」
オレは話しながら椅子から立ち上がってベッドに寝転がった。
「あ、瓜生、今椅子から立ち上がってベッドに寝たろ?」
何で??!
やっぱ気配伝わるの?
ていうかおまえもうオレの部屋に潜んでるだろ?
どっかでオレのこと見てるだろ!?
焦ってベッドの下を覗き込んでみる。
「フフフ、ベッドの下なんか探しても無駄だぜ?」
助けて!!!
「おまえマジで怖いな!!ってちゃんと人の話を聞け!!」 
「ごめんごめん、聞いてるよ」
たく何でオレが夜中の12時に錦の恋話なんて聞いてんだ?
「だからさ、やりたいって気持ちが先行してるからって、それは不順だなんて思わなくてもイイって話。むしろそれぐらいが普通、ていうかそれぐらいじゃないとダメなんじゃないのか?」
ま、錦の場合、かなり性欲が先行してそうだけど。
「うん、思春期だし」
うわ、『思春期』なんて恥ずかしい言葉使っちゃってる!!
フツー思春期真っ只中の人間は使わないだろ。
「健康優良不良少年だからな!! 俺たち」
「なんだそりゃ?」
「大好きな漫画のセリフ」
「あっそ」
「それに、やりたいやりたい言っても、いったい何がやりたいんだかよく分かんないし」
「ま、そんなもんだろうな。実際そういう状況になんなきゃ分かんないし、そういう状況になれば自然と分かるものかもな」
そんなこと言ってるオレ自身、なんも分かってないような気がする。だいたいオレ等はまだ15、6だぜ? 世の中の何を分かってるっていうんだ? 自分のことだってよく分かんないっていうのに。
「体は正直って言うし、その時になったら体が分かってるかも」
錦は携帯の向こうでニシシと笑った。
「何だソレ? 下ネタ?」
「そ。下半身のアンテナがビンビンに反応するかもね!!」
「体っていうより、本能の赴くままって感じだな、それは」
錦らしいな、それが。
頭であれこれ考えるよりも。
「やらないより、やり過ぎるくらいの方がイイ」
オレは自分に言い聞かせるみたいに呟いた。
「あ、イイ言葉かも。ソレ」
「オレの大好きなドラマのセリフ」
「ふうん、ケド、なんだかスッキリしたよ。瓜生と話せて。これで眠れそうだ」
「おっと、もうこんな時間か」
「明日も練習行く?」
「行くと思う」
「んじゃ、明日」
「ん。お休み」
オレは携帯を切った。
結構長電話しちまったな。
ていうか明日も会うんだし、部活で話してもよかったのでは?
なんて思ったけど、こういう話は夜に電話で、っていうのがオツなんじゃないのかな。
さしずめ人の習性?
ま、まだまだGWだし、たまにはイイか。 

私立日高見学園(5) 棚機錦 

瓜生は俺が恋をしてる、と言った。
俺が主税に対して。 
それってなんだ?
幼稚園から、ずっと友達だった。
一番の仲良しだったと豪語出切る。
ん?
だった?
過去形?
・・・・・。
わからない。
わからない。
主税の一番の友達でありたい、と思う。
大勢いる友達の中の一人ではなく。
一人抜きん出た、他とは次元も性質も違う、特別な存在に。
だけど、わからない。
中学から、俺は野球であいつの隣りに居ることを諦めた。
それこそ次元も性質も、俺やその他大勢と違っていた。
選ばれた存在、なんて言うのは大袈裟だけど、そんな言葉が浮かんでしまう。
みんながあいつを見てる。
誰もがあいつを頼ってる。
大勢の人間と、沢山の事柄が、主税を囲んで、取り巻いているんだ。
どんどんどんどん、あいつは進んでいく。
そのうち、手が届かないところまで。
あるいは途中で見失ってしまうんじゃないか。
もしかしたらもう既に、始まっているのかも。
佐伯主税の喪失が。


主税を想像してみる。
主税の体を想像してみる。
坊主頭で、
日に焼けた顔、腕。
黒目がちで、幾分細い目。
いつもすねたような尖った唇。
がっしりとした尻。

受け止めて欲しい。
その大きな体で、俺を、
受け入れて欲しい。
なんだろう、俺。
どうしたいんだろう。
どうしてもらいたいんだろう。
心臓が激しく高鳴って、
熱くじりじりしたものが胸の奥でくすぶっている。
灰の中で燃える炭みたいに。

性欲かな。
これはやっぱり性欲かな。
主税といろんなことしたいのかな。
主税にいろんなことしたいのかな。
主税にいろんなことして欲しいのかな。
ああ、確かにあいつのこと想うと、ムラムラくる。
どうしようもなく出したくなる。
これが好きってことなのかな。
これが恋ってことなのかな。
けど、性欲だけならDVD観たら吐き出せる。
しかも主税は男だ。
男女とは少し勝手が違う。
だけど、そんなの問題じゃない。
問題なのは気持ちだ。
主税の気持ち。
俺の気持ち。
主税に俺だけを見ていて欲しい。
俺だけを大切にして欲しい。
ああ、なんかこれ、嫌な奴かもしれない。
俺、嫌な奴かもしれない。
主税に、いろんなこと押し付けてる。
いろんなこと要求してる。
だったら自分はどうなんだって感じだ。
主税を一番に想えるのか?
うん、想える。
ていうか、それ以外考えられない。

チカラが欲しいんだ。

私立日高見学園(4) 瓜生襷 

春の野球大会決勝翌日、まだGW(ゴールデンウィーク)なのに、学校に来てしまった。
オレは瓜生襷(ウリュウタスキ)。
日高見学園一年生。吹奏楽部所属。パートはトランペット。
今日も本当は自由参加の練習だったけど、ウチに居ても暇だし。
それに昨夜棚機錦から、明日練習行こうぜっていう電話があった。
電話を切ってから、あいつ手の怪我大丈夫かな、と思ったけどなんだかテンションが異常に高くて(よくあることだけど)、面倒だから訊かなかった。どうせ佐伯絡みのことだろうし。
棚機錦は中学から部活が一緒で、いつの間にか仲良くなった。そして中学三年間オレと同じクラスだった佐伯主税と錦は幼馴染だった。まぁ、自然な成り行きでオレ達三人は繋がる訳で。
佐伯は野球部、オレと錦は吹奏楽部、そのままの形で同じ高校に進学した。なんだろう、この腐れ縁。
佐伯はここの野球部に入りたくてだし、錦は佐伯と同じ高校に行きたくてだし、オレは、うん、何となくかな。
付け足せば、この三人でいる時間が、空間が、好きだから・・・・。
なんてあいつらの前では死んでも言えないけど、まぁ、そんな感じ。
佐伯は野球に突っ走り、錦は佐伯を追っかけて、オレは暴走する錦の手綱引き。


音楽室に入ると、先に来ていた部員がチラホラ、各々の楽器の準備をしていた。
「お、瓜生も来たのか」
同じトランペット・パートの久米先輩が居た。
「ちぃーす。今日はこんなもんすかね」
「まぁ、昨日勝ってたら今日も応援だったしな。そんなに人、集まんねーんじゃねぇの?」
「合奏は?」
「うーん、基礎練くらいだと思うぜ」
「リョーカイ」
そう言ってオレは楽器倉庫へ向かった。
音楽室の隣りにある倉庫には、自己所有の楽器や学校の楽器、それに打楽器なんかが置いてある。
「お、瓜生、イイとこに来た。これ出すの手伝って」
倉庫に入ると楽器を音楽室に運ぼうとしている錦が居た。
「何、ティンパニーとか使うの? 今日」
「パーカスで来るのは俺だけ」
「じゃあ、他の練習しろよ。出すのめんどくせーだろ」
「いや、俺の今の気持ちはティンパニーくらいじゃないと受け止めきれないと思うんだよね!!」
意味がわからない。
とりあえずテンションが高いのは昨日から継続中らしい。
「つか、手ぇ、大丈夫なのかよ」
「うん。平気だって」
錦はニコニコ、ていうかニンマリして答えた。
不気味だ。
何かイイことでもあったのか、なんて訊く気にもならない。
「キモイ」
「え? イイこと? それがさぁ」
どんな風に聞き間違えたんだ?
錦は持ち上げていた楽器を降ろして、まぁ聞いてよって感じで近寄ってきた。
ウザイ。
「昨日の夜さぁ、ちか、いや佐伯のウチに行ってさぁ」
「・・・・、で?」
「え、特に何もなかったんだけど、夕飯食って帰ってきたんだけど」
「なんだ、いつものことかよ」
「あ、裏山にも行ったぜ?」
「ウソ、あそこ今は立ち入り禁止なんじゃねぇの?」
「さすがに山には入らなかったよ。米軍もいたし」
「え、あいつらは先週撤退したって話だぞ」
「マジ? 何か人影が動いてたからてっきり」
「それってクルーの亡霊じゃね?」
「クルー?」
「スペースシャトルの・・・」
「うわ、マジマジマジ、マジ怖い!! もう絶対行かねぇ!!」
そんな無駄話をしながら、結局ティンパニーを四台も運んでしまった。


空いている教室でロングトーンや個人練を終えて音楽室に戻ると、錦は真剣そうに教則本を睨みながらスネアを叩いていた。
ま、始めた動機はどうあれ、音楽には本気なんだよなぁ。
「瓜生、昼飯どうする?」
久米先輩も空き教室から戻ってきた。
「オレはトロンボーンの連中と『一柳』行くけど」
『一柳』とは学校の坂を下りたところにあるラーメン屋だ。
「あ、オレは『タラ商』します」
「んー」
『タラ商』とは、『一柳』の二軒手前にある『多々良商店』という食料品店のことだ。
久米先輩と話が終わっても、錦はまだスネアを叩いていた。
途中でとちらず、尚且つ自分が納得する出来でリズムを叩けるまで、何度でも最初からやり直して。
こうして見ていれば、凄く好感の持てる奴なんだけどなぁ。
オレは軽くにやけた。
「おーい、ニシキ。昼飯行こーぜ。ニーシキ」
「ん、あ? 何?」
ニシキは顔を上げて、慌ててメトロノームを止めた。
「メシ、メシ、シーメー」
「ああ。もうそんな時間?」
「とっくだよ。タラ商でイイか?」
「おっけ」
俺も腹減ったーお腹と背中がくっ付きそー、なんて錦は腹をさすった。
五月の光が窓辺に居る錦を照らす。影になった音楽室には椅子や楽器が並び、独特の、埃っぽい匂いが微かにする。開け放った窓から甘い風が吹き込んで、クリーム色のカーテンを揺らした。
どこかで、誰かがリードをピーピー鳴らしている。
校庭から、サッカーボールを蹴る音や掛け声なんかが聞こえてくる。
「瓜生?」
「え?」
錦の声で我に返った。
「何か変な顔してたー」
「あ、ああ。アミノ酸配列の暗号コードについて考えていた」
「うわ、コワッ!! フツーに怖い!!」
ああ、何でもない普通の日常が、すごく幸せだと思った。
続くといいな。


タラ商に入るとまだ誰も居なかった。
この店は基本酒屋みたいだけど、いろんなパンやお菓子やカップラーメンなどなど、いろいろ揃えてあって、日高見学園の生徒には人気の店なのだ。だから昼時や放課後の部活が始まる前や終わった後なんかは、学生で一杯になる。
「お、誰も居ねー。席空いてる。やったね!!」
錦が喜びの声を上げた。
店の奥に小さな丸テーブルと椅子がニ脚置いてあって、買った物をそこで食べていけるようになっている。
「あら、いらっしゃい」
店のおばちゃんが出てきてニコニコしながらレジに立った。
オレたちは挨拶をして、それぞれ食べるものを物色した。
錦はサンドイッチと焼きそばパンとカレーパンと牛乳。
オレはカップ焼きそばとコロッケパンとウーロン茶。
テーブルの上にポットが置いてあって、そこでカップラーメンなどが食べられるようになっているのだ。実に素晴らしい。
カップ焼きそばが出来上がっておばちゃんに湯切りしてもらったころには、錦はパン三つを食べ終わってオレの焼きそばを物欲しそうに凝視していた。
「どんなに見たってやらねーよ」
「いらねーよ。デザート買ってくる!」
錦はそう言って素早くチョコビッグバーを買ってきた。
「ウマー!! チョコバーウマー!!」
「ぶっ殺す」
そんな普段通りの、たあいもない会話が続く。
「そいやさ、なんで佐伯のことチカラって呼ばなくなったんだよ」
これはかなり気になっていた。
中学の頃は、ていうか幼稚園からの付き合いなんだから、その頃から錦は佐伯のことを主税と呼んでいたはずだ。それが高校に入った直後から、佐伯と呼ぶようになった。
「ん、まぁ」
言葉を濁す錦。
「で?」
「ああ、なんつーか、大人の階段? 上ったっていうか? ひと夏の経験をした俺はって、痛い痛い痛い!!!」
オレは錦の頬っぺたを思いっ切り引っ掴んだ。
「ニシキ君、季節はまだまだだぜ。ちゃんと話せ」
「痛い痛いって!! これじゃ話せない!!」
仕方なく手を離す。
「じゃ、チロルチョコおごるから」
「安っ!!」
「よっちゃんイカ」
「ザリガニか!?」
「ガリガリ君コーラ味」
「乗ったぁ!!」
それでイイのか棚機錦。


「いやさぁ、アレだよアレ」
「・・・、アラレだよ♪ ほよよー」
「やっぱ話すの止める」
「うそうそうそ。ジョーダンだって」
「だって瓜生、真面目に聞かねぇもん」
「聞くよ、聞く。だから、ホラ」
ちょっと躊躇ってから、斜め下を見つめたまま錦は話し出した。
「あのさ、中学まではみんな知ってる奴らはチカラって呼んでたじゃん。だけど高校に入ったら知らない奴らばっかでさ、そしたらチカラのこと佐伯って言うの。部活も中学とは次元が違うって感じで、大変そうだし、それでもチカラは凄くて。一年なのにレギュラー候補で、人気があって、チカラのこと知らない奴らも佐伯のこと知ってて、何て言うか、よく分かんねーよ」
「あいつは生まれながらのスター性があるからな。高校に入って活動の場が広がれば、佐伯の知名度も上がって、遠い存在に思えてくるって訳だ」
確か小・中って同じようなメンバーだったから、みんな佐伯のこと主税って呼んでたよな。ちなみにオレは他所から転校してきたんで、最初から佐伯って呼んでた。
「遠いっていうか、うん、・・・」
腕を組んで眉間に皺寄せて考え込んでから、やっぱそうかもって錦は頷いた。
自分のものだけで居て欲しい。自分だけを見ていて欲しい。
そう思うのも分かるよ。それがどうしようもなく独善で独占であっても、それでもなお、肯定したくなる。だってそれは・・・
「恋だよなぁ」
「ん?」
「恋しちゃってるよなぁ、ニシキは」
「こ、恋です、か?」
「恋ですよ?」
「恋、しちゃってますか?」
「恋、しちゃってますよ?」
改めて言葉にしてみて、錦は顔を真っ赤にしてうつむいた。
今更何言ってんだか・・・。
オレは溜息を抑えられなかった。

私立日高見学園(3) 佐伯主税 

携帯の通話を切って、ベッドに腰掛けたまま溜め息をついた。
「ニシキの奴・・・」
棚機錦。
幼稚園からの幼馴染。
長い付き合いだけど、未だによく分からない奴だ。
普通の人間関係で、ここまで続くのってあんまり無いんじゃないかな。大抵節目節目で関係は切れる。まぁ、運良くというか偶然同じ学校が続いたとしても、それぞれ新しい友達が出来て、次第に疎遠になっていくものだと思う。少なくとも他の奴らはそうだった。
だけどニシキは違った。
まるでオレのことを追ってくるみたいに。
もしかしてストーカー?
随分大掛かりだな。
ま、オレにしてもわざわざ離れる理由もないし、離れたい訳でもないし。
むしろ付き合いが長い分、面倒なことは省いて分かり合えるところは多いし、それと同じくらい分からないところもあるけど、放っておいても問題にならない。普通ならありえない突っ込みもするし、しなくて済むこともある。
都合がいい、便利な関係。
そう言葉にしてしまうと、軽薄に思えてしまうけど、これがぴったりくるようにも思える。
まぁ、言葉では計れないのだ。特に頭の悪いオレの言葉では。
あ、頭が悪いっていっても、勉強が出来ないっていうんじゃなくて、一応弁解しておくと、なんというか、難しいことは好きじゃないんだ。
いろいろ突き詰めて考えても答えなんか出ないから。


柄にも無く物思いに耽っていると、自転車の甲高いブレーキ音が外から聞こえてきて、直ぐにチャイムが鳴り、母親が玄関を開けた後になんやかんやと忙しく声がして、階段を駆け上がる音が近づき、オレの部屋のドアがノックもされずに乱暴に開けられた。
「オナニー!!!」
そう叫んで棚機錦が入ってきた。
「・・・・・・・」
「あれ? なんで服着てんの?」
マジ全力で自転車漕いできたのか? 激しく肩で息して、顔も真っ赤だ。オレも頭悪いけど、こいつはもっと悪い。
「なんで服着てて悪い?」
「いや、着ててもイイけど、むしろ着衣系って結構モエるけど、って、佐伯って、もしかしてそういう派?」
いろいろ突っ込みどころはあるけど一つに絞る。
「どういう派だよ」
「あの、服の中に出s」
「それ以上言うな!」
もしかしてオレのバカはこいつの所為なんじゃないかと思えてくる。
「ふぃー、暑いね」
ニシキはカッターシャツの襟元を開けて手で扇ぐ。
「佐伯は脱げばイイのに」
「座ればイイのに、みたいにさり気無く言うな。だいたいチャリどんだけ漕いだんだよ。来るの早過ぎだろ」
「ふ、俺の『ラブ特急号』を甘く見るなよ」
多分本人はかっこいいポーズを決めて言ったと思っているんだろうけど、これは見ていてかなりキツイ。
「もう死にたい」
「何でダメージ??! これ不思議な踊りとかじゃないけど!?」
ていうかおまえのチャリ、そういう名前なんだ。
池に沈めばイイのに。
「ちょっとさ、落ち着けよ」
「ヤバイ、ヤバイよ佐伯。これはひじょーにヤバイ」
展開が速いなぁ。
「・・・・、今度は何だよ」
仕方ないから付き合ってやる。
「俺さ、なんか物凄く喉が渇いてるみたい。今すぐ何か冷たいもの飲まないと死んじゃうかもしれない」
「死んでしまえ!!!」
「ウソ、ジョーダン、ごめんなさい!!」


静かにさせる為にも下から麦茶を持ってきてやった。もうなんか探偵さんにアーモンド臭がします、的なセリフを言わせたい気分。
それにしてもこいつ今日はいつも以上にテンション高いな。
「ほらよ、麦茶。ブタのように飲め」
差し出したコップを受け取ったニシキの指が、絆創膏だらけだった。
オレの視線に気付いたニシキはさっと素早く手を引いて、大袈裟なくらい上体をのけぞって麦茶をゴクゴク飲んだ。
「おまえさぁ、ちょっと手ぇ見せてみ」
「拒否する! 手相見せてと言いながら手首の関節キメてベッドに押し倒してグレイシー・トレインを強要するんだろ!!」
どんな展開だよ。突っ込む気も失せる。
「ニシキ、イイから見せろ」
ニシキはベッドの縁に腰掛けるオレの前にちょこんと正座して、黙って手を差し出した。
「この怪我はどうしたんだ?」
「どっかの野球バカに噛まれました」
「そうそう、最近多いんだよな、その手の事件って、オイ!! 野球バカって誰のこと!?」
「オナニーばっかしてる野球手慰めバカに噛まれました」
酷くなってる!!!
「ニシキさぁ、気持ちはありがたいんだけどさ」
「わかってるよ。もう散々瓜生に言われた」
瓜生襷(ウリュウタスキ)。中学時代、ずっとクラスが同じで、友達になった。錦とは部活が同じで仲良くやってるらしい。このアホな錦を安心して預けられる、実に頼もしい奴なのだ。
「だけどさぁ」
「だけどじゃねぇの」
「う、うん」
切なく訴える顔を、萎れる朝顔みたいに下に向ける錦。
こっちまで切なくなる。苦しくなる。
こいつのバカ正直さが、猪突猛進さが、一生懸命が、時々見ていて辛くなる。
重いんじゃない。負担になる訳じゃない。
ただ、オレの為にこいつが傷付いたり苦しんだりするのが、嫌だんだ。
自分の不甲斐無さに打ちのめされる。
オレは錦にこんな顔させる為に野球をやってる訳じゃないんだ。
「もうイイから。顔上げろ」
「ごめん」
「イイって。それよりなんか腹減ったな。飯まだなんだろ?」
「うん」
ちょっと目を擦った錦が、明るい笑顔で答えた。
「飯のあと、散歩でも行くか。学校の裏山とか」
「それは散歩どこころじゃなくて、もう大冒険だよ」
「まだあんのかな、墜落したスペースシャトル」
「あるらしいよ。米軍が見張ってるもん」
「そっかぁ。冒険の匂いがしたんだけどなぁ、海賊王になるチャンスだったのに」
「うわ、佐伯のボケはヤバイなぁ」
そんな軽口を叩けるようになった。
「あ、ニシキ。二人で居るときくらい、佐伯って呼ぶの止めろよ。なんか違和感あるって」
錦は高校に入ってから、オレのことを『佐伯』と呼ぶようになっていた。どんな意図があるのかは分からない。まぁこいつなりに何か思うとこがあるんだろうけど、そんなの関係ない。オレ達の関係はそんなんじゃない。
「え、じゃあ、何て呼べばイイ」
「はぁ? 今まで通り『チカラ』でイイだろ」
「うわ、何ソレ? いったいどんな告白? もしかしてそういうコト?」
錦がタコみたいにしどろもどろしながらニヤけている理由が分からなかった。
やっぱりこいつは分からない。

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プロフィール

HN:
藤巻舎人
性別:
男性
趣味:
読書 ドラム 映画
自己紹介:
藤巻舎人(フジマキ トネリ)です。
ゲイです。
なので、小説の内容もおのずとそれ系の方向へ。
肌に合わない方はご遠慮下さい。一応18禁だす。

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