僕は児屋根春日(コヤネカスガ)
春日って名字みたいな名前だね、なんてよく言われる。
いや、それは嘘。
真っ赤な嘘。
悲しいくらいに嘘。
言われたことなんて一度も無い。
ついでに言うと友達だって一人も居ない。
だから僕の名前を気にする人なんて居ないんだ。
別にいじめられてる訳じゃない。
意図的に無視されてる訳でもない。
ただ単に、気付かれないだけなんだ。
いつの頃からだろう。
昔はそれほどまでではなかったと思う。
他の人より影が薄いだけだった。
気付かれにくい、見付かりにくい。
それだけだった。
確かに僕自身、人付き合いに興味がある方ではなかった。
出来れば避けたかったし、独りでいるのを好んだ。
その傾向は小学二年生の時、両親が事故で死んでしまってから更に強くなったと思う。
その後母方の親戚に引き取れたものの、学校では常に独り。
誰とも話さず、先生からも次第に見向きもされなくなり、家ですら存在を忘れ去られることがままあるようになった。
それでも、食事が僕のだけ足りなかったら、訴えれば気付いてくれたし、学校のことや、日常生活で必要なことは、僕が言えばちゃんとしてくれた。
逆に言えば、僕が言わなければ、何もしてくれなかった。
そう、すべては無視というものですらなかった。
僕は気付かれないんだ。
そしてとうとう、中学を卒業する頃には、完全に忘れられてしまった。
僕の存在を、認識すらされなくなってしまった。
高校への進学の手続もしてもらえなかった。
食事も準備してもらえなくなった。
返事すらしてもらえなくなった。
多分視認すらされてなかったのだろう。
それは家の中だけでなく、外のすべてに及んでいた。
道を歩いていても、まったく見えていないように平気で人がぶつかってきた。ぶつっかても気付かれもしなかった。ただ自分が何にぶつかったのかさえ気付かずに、不審な顔をして立ち去っていく通行人達。
外の世界の誰もが、僕を居ないものとしていた。
僕は存在しないものとなっていた。
僕は世界に存在しなくなっていた。
僕は絶望していた。
いや、そんなもの通り越して、諦めていた。
だって、すべては徐々に進行していったから。
存在しないものとして扱われるのに、慣れていたというのもある。
受け入れていたというのもある。
だけど、社会的に存在が消滅してしうまでいくと、また違ってくる。
お金だって無い。
誰も応えてくれない。
店の商品をとっても誰も気付かない。
勝手に他人の家に入っても誰も気付かない。
何をしても誰も気付かない。
僕はこのまま誰にも知られることなく生きて、
誰にも気付かれることなく成長して、大人になって、
誰とも感情や経験を分かち合うことなく、
誰にも気付かれないまま死んでいくのだろうかと思った。
それって生きているっていうのかな?
僕は生きているのかな?
僕は本当に存在してるのかな?
何も感じなかった。
もう心が麻痺してしまったのかもしれなかった。
それどころか、心さえ消えてしまったのかもしれない。
そしてある日、僕に手紙が届いた。
誰にも気付かれないといっても、一応親戚の家には帰っていた。
そこでふと、郵便受けに、自分宛ての手紙が入っていることに気付いた。
そこには紛れもなく、児屋根春日と書いてあった。
何年ぶりだろう、手紙を受け取るなんて。
そして、こんな存在が抹消した僕に、いったい誰が手紙をくれるのか。
こんな無の存在となった僕に気付いてくれて、気にかけてくれて、手を差し伸べてくれる誰かがまだいたんだ。
そう思ったら、泣けてきた。
本当に溢れんばかりに、湧き水の如く、止め処なく涙が出た。
抑えることが出来なかった。
嗚咽した。
叫んだ。
大声で。
生まれて初めてだった。
それはもう、爆発だった。
最後の方は笑っていた。
涙を流しながら、笑っていた。
嬉しかったのかもしれない。
泣き疲れ、叫び疲れ、笑い疲れ、
自分の部屋の畳に抜け殻みたいに横たわっていると、
まだ手紙の中身を確かめていないことに気付いた。
僕は跳ね起き、涙で濡れたメガネを拭いて、手紙を開けてみた。
それは、私立日高見学園への入学申込書と案内だった。
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