「帰れ」
最初の一言がそれだった。
「おい、勝手に椅子を出すな、座るな、帰れと言ったのが聞こえなかったのか?」
病室のベッドで横になる九条魚名はそう息巻いた。
ここは市内の御祖系列の総合病院だ。
その個室に、九条魚名は入院していた。
「まぁまぁそう気張るなよ」
「誰の所為でこんなことになってると思ってるんだ?」
「あ? 自業自得だろ?」オレはそう言い捨て、キャスター付きの長テーブルの上にグラビア雑誌を置いた「そら、土産だ」
「バ、バカ!! 要らねーって!! そんなの置いてあったら誤解されんだろ!!」
「誰にどんな誤解されるんですかー?」
「おまえっ・・・痛っ・・・」
「ほらほらまだ怪我人なんだから、大人しくしてろ」
「お、おまえがやったんだろ・・・」
痛みを堪えながら九条は言った。
「あん? なんならもっと入院長引かせてやってもイイんだぜ?」
「だいたい、何しに来たんだよ」
九条はふて腐れた感じで言った。
「はぁ? 見舞いにきまってんだろ?」
「だからぁ! なんでおまえが見舞いなんて来てんだよ!!」
「でかい声出すなよぉ、病院だぞ?」
「おまえがそうさせたんだ」
「たくぅ、その被害者意識治した方がイイぞ?」
「なっ!!・・・」
ベッドの背中を起こした状態でいた九条が今にも飛び掛かってきそうなほど身を乗り出し、顔を真っ赤にして怒りを露わにしていた。
ま、図星を言われて怒るのも無理も無い。
だけどそこを避けるほどオレは甘くない。
「九条さぁ、これからどうすんの?」
オレは折り畳み椅子の背にもたれて言った。
しかし九条は真っ白な布団カバーを見つめたまま答えない。
いや、そう易々と答えられないんだろうな。
なにせ、すべてを失ったんだから。
今までの生活の丸ごとを。
そして今、ここにいる九条は、
何の目的もなく、何者でもなく、何の理由もなかった。
偽りの身分、偽りの生活、偽りの心。
アメリカ政府から派遣され、何年もの間、御祖家をスパイする為にすべてを捧げてきた人間。
何もかもが潰れ、頓挫し、無に帰してしまった。
そして九条の今の境遇は、もしかしたらこのオレ自身にもあてはまったかもしれない。
しかし、同情はしない。
起こってしまった事に沈み、
選んでしまた事に後悔していても、
いつかはそこから這い上がり、抜け出さなきゃならない。
オレが何を言おうと届かない時は届かないし、
何を言っても無駄な時は無駄なんだ。
自分を許せるのは自分だけだし、
未来を受け入れるのも自分だけだ。
それでも、してやれる事はある。
「ま、今後の身の振りは置いといて、とりあえず怪我治ったらちゃんと学校来いよ」
オレは椅子から立ち上がる。
「は?・・・学校?」
「うん」
「学校に何がある? 行くことに今更何の意味がある!?」
「別に。なんも無いかもしんないし、なにかあるかもしんない。おまえ次第なんじゃないのか?」
「意味がわからない」
「意味はこれから考えろ。全治二週間だっけ? 考える時間はいくらでもあんだろ」
「バカにしてるのか? からかってるのか?」
「おまえこそ、勉強をナメてんじゃねーぞ? 今度教科書持ってきてやる」
言いたいことは言った。
「じゃあな。ちゃんと養生しろよ。学校で待ってる」
病室の引き戸を開けて、オレは廊下に出た。
そう。
迷え、戸惑え、恥じて、後悔して、不安がって、悔しがって、絶望して、のた打ち回れ。
その先に、おまえの出す答えが待ってる。
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