もう、日が落ちようとしていた。
赤みがかかった夕日が、山々の峯が作る影と強烈なコントラストを成している。
人間の背丈ほどの草が生い茂る草原。
山に囲まれたすり鉢状の土地。
まるでカルデラの底のような場所。
ここに、『中御座』(ナカミクラ)がある。
それは直径300mほどの巨大な穴。
あるいは霧深い湿地。
時にはありえなほど高い巨木が生えている。
大抵は何も無く草原が続き、
稀に神隠しの如く人やその他諸々が迷い込み、戻ってこられない場所。
そしてナニモノかが迷い出でてくる場所。
いや、もはや、
異界。
はっきり言って人智を超えている。
衛星写真・映像にさえ影響を及ぼす。
この事象の地平、あるいは特異点が、超大国のアメリカさえ動かし、直接武力行使で強行接収に踏み切らせた。
ここが本当のところ何なのか。
ここでいったい何が得られるのか。
それさえ定かではないというのに。
ま、かくいうオレも、それを確かめる為に派遣されてきた訳だけどな。
この場所が何なのかということを、一番良く知っているのは、スメラギか、それ同等のレベルの奴等だけなんだろうな、きっと。
そして今、この場所を守る、いや、この場所から守る為に存在する者達が、集い始めていた。
「おうおうおう、随分集まってきやがったぜ」オレは少し離れた斜面の高みから双眼鏡で覗きながら呟く「あ~、左近の奇杵唱に右近の沫蕩賀陽が珍しく揃ってるし~。奇杵靭もいる・・・・って、激レアキャラの栗隈王まで!? スゲー!!」
興奮してるオレの脇で、龍樹先生が呆れたように言う。
「え・・・、君、御祖マニア? コワイよ」
「しゃーねーだろ? 昔の仕事だったんだから」
「ふーん、ま、なんならもっと近くに行ってみないか? せっかくのショーなんだし。やはり良い席でみたいじゃないか」
「・・・・・」
こいつって、ホントそういう立場なのな。
ま、面白れーけど。
「アンタがそう言うんなら、別にイイけど」
「まったくぅ、もっと素直になりなよ」
「やかましいぃ」
「ほらほら、先に行っちゃうよ♪」
やっぱ千万喜の方がまだイイかもな・・・。
オレ達は斜面を下りて、草地を歩き出す。
にしても、オレ、一応以前は御祖家をスパイしてた訳だし、
それなりに暴れまわっちまった訳だし、
う~ん、大丈夫か?
「そんな事、気にしない気にしない。案外大丈夫なものだよ?」
おまえが言ううな。
ていうか、龍樹先生はオッケイなのか?
結構閉鎖的だぜ? あの家。
「あ、瓜生君・・・と・・・」
身長を上回って生い茂る草の分け目から、いきなり奇杵語が表れた。
「またおまかよ!!」
とその後ろから奇杵襲が出てきて叫んだ。
「よ、よう、奇遇じゃん!!」
かなり焦って対応するオレ。
だってここは大袈裟に言えば敵地ど真ん中だぜ?
今は敵対していないとはいえ、歓迎はされないだろ。
「ハロー、宜しくぅ。新任教師、龍樹デース♪」
「あ・・・はい・・・」
あからさまに困った顔をする語。
ちょっとは隠せ。
「おまえら、どうしてここへ? 迎えにでも来てくれたのか?」
とりあえず友好的に。
「まーさか!!」
と騒ぎ出そうとする兄・襲を制して弟・語が答える。
「招かざる客が来ている、ってことでね、父上から遣わされたんだけど、君と・・・先生だったとは・・・」
ま、困惑するのも当然だよな。
追い返されても仕方がない。
ここは御祖家にとって最大の聖地であり禁足地なんだから。
「なにやら人が集まってますネー。お祭りでもあるのかな? 楽しソウ!!」
おそらく演技なんだろうけど、天然かもしれない龍樹先生が能天気に言う。
「いや、あの、先生? ここはですねぇ・・・」
語が対応する。
「あれ? 君は襲君だよね? その腰に佩いているのはニホントウ? 凄い!! 見せて下さーい!!」
と龍樹が近づこうとした。
襲は咄嗟に太刀の柄に手を伸ばす。
うわ、バカ襲、早まるな!!
それを感じた語も動こうとしたが間に合わない。
「よーぉ、瓜生!! それに先生ぃ、だっけ?」
一触即発の瞬間、絶妙な間一髪のタイミングで草の間から現れたのは、万木非時だった。
「と、トキジクさん!!」
万木の出現に気付いた襲が、その動きを止め、声を上げた。
「おう、何してんだ? 唱さんが早く来いって言ってるぞ?」
「あ、でも」
「二人を案内してやってくれ」
「でも、この場所は他とは格が違い過ぎます」
なおも食い下がる襲に、諭すように非時は言う。
「イイんだ。それに、止めても来ると思うぞ、彼等は」
万木はチラリとオレ達の方を見て、微かに笑った。
「はぁ、わかりました・・・」
へぇ、襲の奴、万木に対しては素直なんだぁ。変な奴。
「つーことで、あんた達、他でもない非時さんの御好意により・・・」
そこで、その場に居た五人の動きが止まった。
な、なんだ!?この気配は。
こんなの有り得ない。
皆が中御座の方向に意識を向ける。
何かが迫っている。
何かが出現しようとしている。
それはとてつもなく圧倒的で、
余りにも自分がちっぽけな存在だと認識させられる程の強大さ。
こんな力、この世に存在してイイのか?
動きを止めていた万木が少し焦ったような表情で、龍樹先生の方を見る。
オレも隣の先生に視線を向ける。
「え? は? いや、私じゃないですよ? 私は何もしてないし何も知りませんって♪」
「・・・・、じゃあ、これは・・・」
困惑する万木。
「これは、君達の方が知ってるんじゃないかい? あ、本当に知っているのかどうかは分からないけれど・・・」
なんだか含みのある言い方で先生は呟いた。
その言葉ではっと何かに気付いたような万木は「まさか」と言った瞬間、姿を消していた。
そしてそれに続いて襲の姿も消えた。
いや、それは消えたとうより、視認出来ない程の速さで動いた、という表現が正しいのかもしれない。
「ぼくたちも行こう」
ようやく我に返った語が、着いてこい、という仕草をした後、草の海を掻き分けて走り出した。
龍樹先生は「やれやれ」と肩をすくめた。
オレ達もすぐに追いかけた。
ふと草の背が低くなり、開けた場所にでた。
先程双眼鏡で見ていたテントがある。
そしてその先に・・・・、巨大な穴が大地に口を開けていた。
今の中御座は穴か。
テントの辺りに御祖家の面々が揃っている。
ざっと十人くらいか?
万木と襲は既に合流していた。
「さ~て、何がでるかな、何がでるかな♪」
龍樹先生が楽しげに歌う。
「あんた、もう知ってんだろ?」
この高まりつつある恐ろしく強烈なプレッシャーの正体を。
「それは見てからのお楽しみだよ♪」
「あっそ」
その時、前方の小規模な人だかりから呻き声のようなものが上がった。
注意を向けると、縦穴の表面に、青白い閃光が走り、放電のような鈍い音が響き渡る。
高まり続ける突風のような圧力。
物理的にではなく、意識を集中して肉体にしがみ付いていないと魂ごと吹き飛ばされそうになる。
多分、意志が弱い奴だったら、持っていかれちまうだろうな。
つーか、何? これ。
試されてるみたいでムカつくなぁ。
青い火花が危険なくらいに穴の中央付近に集中し始める。
それと同時に、大音響で、(っても多分聴覚にではなく、意識に届いている一種のテレパシー的なもんだろうな)声が聞こえてきた。
「フッハッハッハッハー!! 大正解だぜ、瓜生!! 久し振りではないか!!」
やかましいな、おい。そしてウザイ。
「揃いも揃ってるじゃないか、雛壇ガヤ芸人ども!! 今は正月か!?」
そして爆発的な閃光を発した後、光が集中していた位置に、人の姿が現れていた。
「テメーうるせーんだよ!! カグヤ!!」
皆の一番先頭に立っていた万木が叫んだ。
「なんだどコラ、今回一番楽して奴がほざくな」
「えっ!? おま、オレのどこが楽してたんだよ!!!」
「ヒメの力借りて、ただ走り回って刀振り回してただけだろ?」
「かっ、このっ、うぎゃぁぁぁぁ!!!!!」
もはや怒り過ぎて言葉になってねーし。
暴れそうな万木を抑えなだめる襲。
「なんなんだ? コレは」
拍子抜けしたオレはそう言葉を漏らした。
「ま、いつも通りなんじゃない?」龍樹先生が呟く「いや、今まで以上、なのかな?」
「・・・・・・」
そう、それだ。
さっきまで感じていた大地をも揺るがす力の源は、おそらく御祖香久夜のものだろう。
だとしたら、それは、とんでもない事なんだ。
あんな力、人間一人が持ち得るものなんかじゃない。
あれは、もはや・・・。
「これはこれは『混沌の君』、あ、今は龍樹先生でしたか、あなたまでこんな所に、わざわざの御足労痛み入りますね」
空中を漂い、穴の縁まで移動しながら御祖香久夜は言った。
「いやいや、気遣いは無用です、銀髪の君。それにしても、まさかみずから封印となってこの場所を鎮めるとは、恐れ入りますよ」
「何を仰る、どこかの天邪鬼が結界を悪戯に弄んだのでしょう、構う事は無い」
「ふふふ」
「ハハハ」
「ハッハッハッ!!」
「アーハッハッ!!」
競い合うように笑う御祖香久夜と龍樹先生。
何この2人。
コワイ。
ていうかバカ?
「今回は皆の者、大儀であった!!」御祖香久夜が大声を轟かす「それぞれが己の責務を全うし、最善を尽くしたとオレは思う。つまるところ、結局は自分なのだ。己と世界なのだ。その相互の係わり合いが未来を形作っていく。誰の所為でもない、誰の所為にも出来ない。自分でしか解決出来ない。自分を救うのは自分なのだよ。
ま、そんな事は重々承知だとは思うがな!! 瓜生、非時!!」
「なんでオレなんだよ!!」(×2)
「ということで、今夜は大宴会を催す所存である!! 騒ぐぞ!!」
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