軽く放たれた紙ヒコーキが静かに空中を滑り、やがて僕の額に到達してコツンと当たった。
カサっと乾いた音を立て、真っ黒な革張りのソファーに座る僕の膝の上に落ちる紙ヒコーキ。
「おーい、春日君、おまえはまーだこんな紙切れ一枚すら防げないのか?」
理事長デスクの上で頬杖をつきながら、香久夜さんは呆れた顔で言った。
ソファーの周りのカーペットには、紙ヒコーキがい幾つも散乱している。
全部香久夜さんが僕へ向かって飛ばした物だ。
僕の能力発展開発の一環として。
週に一回ほど、大学の理事長室でこうして訓練に付き合ってもらっているわけなんだけど・・・、一向に向上しない。
五月の体育館襲撃事件の時、僕は龍樹先生に無理矢理犯人の前に押し出されて、銃口を向けられ、死にもの狂いで銃弾を拒否した。
ほとんど覚えていなかったけど、意識的に能力を発動できたんだと喜んでいたら、香久夜さんに叱られた。
「思い上がるな、あれは春日の力じゃない。他の誰かの仕業だ」
ではいったい誰の仕業なのかと訊いたら、誤魔化された。
というか、そんな事気にしているヒマがあったら修行に励めと言われた。
散々ですよ。
という訳で、僕はソファーに座り、香久夜さんが飛ばしてくる紙ヒコーキを拒絶して体に当たらないようにする訓練をしている訳です。
既に香久夜さんは壮絶に飽きているみたいですが。
「もっと集中しろ、集中・・・」
眠たそうに黒い頑丈そうな机の上で紙ヒコーキを折りながら香久夜さんは言う。
「してますよぉ・・・」
「自分を信じて~」
歌うように、そして茶化すように呟く香久夜さん。
ほとんど紙ヒコーキ作りの方を楽しんでる。
なんだかもの凄く複雑な作りのヒコーキを折っている。
もう趣旨が違ってきている。
「自分を信じて拒絶するって、よく分からないんですけど・・・」
「お? なんだ? 遅ればせながらの反抗期か?」
「ち、違いますよ」
子供扱いしないで下さい。
ていうかまだ子供なんですが。
ん、そういえば、僕に反抗期らしい反抗期なんて無かったかもしれない。
だって反抗する対象がいなかったから。
両親は死んでしまったし、育ての親には無視されていたし。
まあ、それは僕の所為なんだけど。
「そういえば、無意識であれ、僕はずっとチカラを行使してたんですよね。だったらなんで意識的には発動すら出来ないんですかね」
「フン」香久夜さんは詰まらなそうに息を漏らす「心の在り方の違いだ」
「そう言われてしまったら、それまでなんですがぁ・・・」
「なんだ、不満か?」
「いえいえ、そういうんじゃなくて・・・」
「まぁ、紙ヒコーキを拒絶するみたいな物理的で動的な事より、人を寄せ付けない、人に気付かせない、という静的な影響の方がやり易いのだがな」
「だったらそっちの練習しましょうよー」
「たわけ、どうもそちらの方はお前、得意らしいからな。そっちは既に一定のレベルに達している」
「え、そうなんですか?」
そうなんだ。
ていうか、そうかもね。
今はなるべく引き籠ってしまいそうな意識を前面に、表に押し出している。
だから普通に周囲から認識されているけど、ちょっとでも意識が内向きに転じてしまうと、とたんに周囲から自分を消してしまう。
「それだ」香久夜さんが恐ろしくカッコイイ紙ヒコーキを僕に向けて飛ばして言った。「その作用を外に向けるんだ」
「え?」
「逆転させるんだよ」
SF映画に出てきそうな紙ヒコーキは僕にぶつかる寸前で急上昇し、理事長室の高い天井辺りをゆっくりと旋回した。
「お前の力を行使するのに難易度で言えば、容易な方から、人や動物の意識に影響を及ぼすもの。次が物理的に影響を及ぼすもの。そして目に見えない事象に影響を及ぼすもの。とこうなるな。
まず意識、主に無意識に影響を与える。これは場の雰囲気を作る感じだな。ある場所に居たくなくなる。ある場所を認識し難くする。などなど。
生物は意識的にであれ無意識的にであれ、周囲の場の環境の変化を感じ取り、受け入れている。だから案外ちょっとした差異、ニュアンスで反応が得られる。だいたい人間なんて意識的行動しているつもりでも、ほとんどは無意識からの影響を受けているからな。
次に物理的な影響は、今やってる紙ヒコーキを止める事だったり、弾丸を止めることだったりいろいろだな。これは目に見える分だけ厄介だ。誰でもが自分に向かってくる弾丸に対して平静でいられる訳ではない。
そしてもっとも難しいのが、目にも見えず、意思の範囲外にあるもの。例えば磁力。例えば気温」
「え、そんなものまで拒絶出来るんですか?」
正直、驚いてしまった。
香久夜さんはそんな僕を改まって真っ直ぐに見据えて言った。
「それを求めればな」
求めよ、さらば与えられん
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