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藤巻舎人 脳内ワールド

藤巻舎人の小説ワールドへようこそ! 18歳以下の人は見ないでネ

   

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私立日高見学園(8) 児屋根春日

軽く放たれた紙ヒコーキが静かに空中を滑り、やがて僕の額に到達してコツンと当たった。
カサっと乾いた音を立て、真っ黒な革張りのソファーに座る僕の膝の上に落ちる紙ヒコーキ。

「おーい、春日君、おまえはまーだこんな紙切れ一枚すら防げないのか?」
理事長デスクの上で頬杖をつきながら、香久夜さんは呆れた顔で言った。
ソファーの周りのカーペットには、紙ヒコーキがい幾つも散乱している。
全部香久夜さんが僕へ向かって飛ばした物だ。
僕の能力発展開発の一環として。

週に一回ほど、大学の理事長室でこうして訓練に付き合ってもらっているわけなんだけど・・・、一向に向上しない。
五月の体育館襲撃事件の時、僕は龍樹先生に無理矢理犯人の前に押し出されて、銃口を向けられ、死にもの狂いで銃弾を拒否した。
ほとんど覚えていなかったけど、意識的に能力を発動できたんだと喜んでいたら、香久夜さんに叱られた。
「思い上がるな、あれは春日の力じゃない。他の誰かの仕業だ」
ではいったい誰の仕業なのかと訊いたら、誤魔化された。
というか、そんな事気にしているヒマがあったら修行に励めと言われた。
散々ですよ。

という訳で、僕はソファーに座り、香久夜さんが飛ばしてくる紙ヒコーキを拒絶して体に当たらないようにする訓練をしている訳です。
既に香久夜さんは壮絶に飽きているみたいですが。
「もっと集中しろ、集中・・・」
眠たそうに黒い頑丈そうな机の上で紙ヒコーキを折りながら香久夜さんは言う。
「してますよぉ・・・」
「自分を信じて~」
歌うように、そして茶化すように呟く香久夜さん。
ほとんど紙ヒコーキ作りの方を楽しんでる。
なんだかもの凄く複雑な作りのヒコーキを折っている。
もう趣旨が違ってきている。
「自分を信じて拒絶するって、よく分からないんですけど・・・」
「お? なんだ? 遅ればせながらの反抗期か?」
「ち、違いますよ」
子供扱いしないで下さい。
ていうかまだ子供なんですが。
ん、そういえば、僕に反抗期らしい反抗期なんて無かったかもしれない。
だって反抗する対象がいなかったから。
両親は死んでしまったし、育ての親には無視されていたし。
まあ、それは僕の所為なんだけど。

「そういえば、無意識であれ、僕はずっとチカラを行使してたんですよね。だったらなんで意識的には発動すら出来ないんですかね」
「フン」香久夜さんは詰まらなそうに息を漏らす「心の在り方の違いだ」
「そう言われてしまったら、それまでなんですがぁ・・・」
「なんだ、不満か?」
「いえいえ、そういうんじゃなくて・・・」
「まぁ、紙ヒコーキを拒絶するみたいな物理的で動的な事より、人を寄せ付けない、人に気付かせない、という静的な影響の方がやり易いのだがな」
「だったらそっちの練習しましょうよー」
「たわけ、どうもそちらの方はお前、得意らしいからな。そっちは既に一定のレベルに達している」
「え、そうなんですか?」
そうなんだ。
ていうか、そうかもね。
今はなるべく引き籠ってしまいそうな意識を前面に、表に押し出している。
だから普通に周囲から認識されているけど、ちょっとでも意識が内向きに転じてしまうと、とたんに周囲から自分を消してしまう。

「それだ」香久夜さんが恐ろしくカッコイイ紙ヒコーキを僕に向けて飛ばして言った。「その作用を外に向けるんだ」
「え?」
「逆転させるんだよ」
SF映画に出てきそうな紙ヒコーキは僕にぶつかる寸前で急上昇し、理事長室の高い天井辺りをゆっくりと旋回した。
「お前の力を行使するのに難易度で言えば、容易な方から、人や動物の意識に影響を及ぼすもの。次が物理的に影響を及ぼすもの。そして目に見えない事象に影響を及ぼすもの。とこうなるな。
まず意識、主に無意識に影響を与える。これは場の雰囲気を作る感じだな。ある場所に居たくなくなる。ある場所を認識し難くする。などなど。
生物は意識的にであれ無意識的にであれ、周囲の場の環境の変化を感じ取り、受け入れている。だから案外ちょっとした差異、ニュアンスで反応が得られる。だいたい人間なんて意識的行動しているつもりでも、ほとんどは無意識からの影響を受けているからな。
次に物理的な影響は、今やってる紙ヒコーキを止める事だったり、弾丸を止めることだったりいろいろだな。これは目に見える分だけ厄介だ。誰でもが自分に向かってくる弾丸に対して平静でいられる訳ではない。
そしてもっとも難しいのが、目にも見えず、意思の範囲外にあるもの。例えば磁力。例えば気温」
「え、そんなものまで拒絶出来るんですか?」
正直、驚いてしまった。
香久夜さんはそんな僕を改まって真っ直ぐに見据えて言った。
「それを求めればな」

求めよ、さらば与えられん




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補足 (1)

        <登場人物紹介>

棚機錦(タナバタ ニシキ)・・・・・・・・・・・高校1年生

佐伯主税(サエキ チカラ)・・・・・・・・・・・野球部員

下照幟(シタテル ノボリ)・・・・・・・・・・・煩悩野球部員

瓜生襷(ウリュウ タスキ)・・・・・・・・・・・結構荒い

面足千万喜(オモダル チマキ)・・・・・・・・・矛盾だらけ

九条魚名(クジョウ ウオナ)・・・・・・・・・・元諜報員

児屋根春日(コヤネ カスガ)・・・・・・・・・・修行中

万木非時(ヨロキ トキジク)・・・・・・・・・・案外強い

菊桐姫(キクリヒメ・ココリヒメ)・・・・・・・・最強クラスの巫女

奇杵語(クシキネ カタリ)・・・・・・・・・・・冷静

奇杵襲(クシキネ カサネ)・・・・・・・・・・・熱血バカ

奇杵仕(クシキネ ツカウ)・・・・・・・・・・・猪突猛進

奇杵唱(クシキネ トナウ)・・・・・・・・・・・明鏡止水

龍樹(リュウジュ・ナーガールジュナ)・・・・・・世界史の高校教師

御祖香久夜(ミヲヤ カグヤ)・・・・・・・・・・学園理事長兼高校生



私立日高見学園(7) 万木非時

バイクで菊桐姫を宗家の大門まで無事送り届けた。
「じゃ、またな」とオレ。
「なんだか嬉しそうだな」
姫がシラケた目をして言う。
「まぁな」
「その内会ってみたいな、春日麿君に」
「惚れるなよ?」
「死ね」
ひど過ぎる。


さーてバイクを飛ばしていざ、学生寮へ。
春日麿。
まだ覚えている、おまえと過ごした数百年の記憶。
世界中を旅して廻り、数えきれないほどの神秘と、不可思議な存在との邂逅。
あれらがすべて偽物の記憶だなんて信じられないし、信じない。
もし、そうだったとしても、・・・・。
どっちにしろ同じだ。
本物であろが偽物であろうが、どうでもいい。
要は、オレが居ておまえが居る。
ただそれだけだ。
今、これから、オレ達の関係を作っていく。

寮に着いて、部屋に入る。
春日麿の方を覗いてみる。
んん、居ない。
まだ帰ってきてないみたいだ。
・・・・・、あ、そうか。あいつ最近ニシキとかの影響で吹奏楽部入ったんだっけ。
てことは、部活かぁ。
耳を澄ますと、遠く校舎の方から楽器の音が聞こえてくる。
あ、オレ、耳もイイんです。
ほんじゃ、ま、音楽室に行ってみますか。
その前に、しっかり春日麿のベッドに横になって包まれる感触に浸らないとな。

と、なんの考え無に音楽室に向かっているんだが・・・。
何故か音楽室以外からも楽器の音が聞こえてくる。
どうやら空き教室でバラバラに練習しているらしい。
だいたい春日麿の奴、何の楽器やってるんだ?
なんかオレ、何にも知らねーな。
あいつの事も、日常の世界の事も。
と、音楽室への途中の教室で、瓜生の姿を見つけた。
瓜生はトランペットやってんだ。
それも知らなかった。
ドアの窓から覗いていると、瓜生が気付いて廊下に出てきた。

「おう、ヨロキ。なんだよ、珍しーじゃん」
片手にトランペットをぶら下げ、ドア枠に寄り掛かる瓜生。
「ん、ああ」
なんとなく曖昧に答えてしまう。
なんかこういうの、慣れてないな、オレ。
普通の高校生みたいなシチュエーション。
放課後の校舎。
部活動の最中。
他愛のない会話・・・。
まるで場違いだ。
本当は高校生でもないのに。
本当は人間ですらないのに。

「うんだよ、黙ってねーでなんか喋れよ」
そう言って瓜生はオレの頭をパンと叩いた。
こ、こいつ、容赦ねーなー。
オレがいろいろ考えてるっつーのに。
「テメーなんだ?コラ。オレじゃ不服だってか、あん?」
と終いには睨み利かせてきた。
こいつ、ホントに、、、、、、笑える。
オレの事、どんな奴か知ってて、
知った上でのこの態度、この対応。
「おいおい、自分だけ特別だって顔してんじゃねーぞー?」
そういや、瓜生も御祖家に少なからず係わりがある奴なんだよなぁ。
そんな人間が、こうして普通に学生生活を送ってるんだ。
なんか羨ましい。
もっと知りたい。
もっと話したい。
もっと仲良くなりたい。
そう思ってしまうオレは、変だよな。
もうそういうの、やめたかったのに。
諦めてたのに。

「だからぁ、何の用だって言ってんだよ!! ニヤニヤして気持ち悪ぃ奴だなぁ」
眉根をしかめてプリプリしている瓜生。
見てると胸の辺りがあったかくなる。
姫も姫だけど、オレも相当だったらしい。
龍樹先生の言葉が身に染みる。
日常は強い。
繊細で儚くて脆くて壊れやすけど、何よりも強い。
矛盾こそ日常の本質。
あるいは混沌・・・・、さすがにそれは、無い、かな?
ま、いいや。

「春日麿を探してるんだ」
オレはようやくその簡単な事を言えた。



私立日高見学園(6) 万木非時

「結局何しに来たんだ、あの先生・・・・」
オレは茫然としながらぼそりと呟いた。
引っ掻き回すだけ引っ掻き回しておいて。
混乱させるだけ混乱させておいて。
いったい何がしたかったんだ?

「まさに、それが目的だったんだろ?」
姫がオレの心の呟きにツッコミを入れてきた。
「え?」
「だから、あ奴の言動で私たちが右往左往するのを楽しんでいたんだろ?」
「あ・・・・・、やっぱり? それだけだと思う?」
「それ以外にないだろ・・・」
「だよな・・・」
なんか、悲しい。
オレと姫、二人してがっくりと肩を落とす。
仕(ツカウ)さんに至っては、右腕が千々に爆ぜ散らされるという幻覚をみせられ、ショック状態に陥らされた。
洒落にならん。
それで死んでしまうことも、有り得た訳だ。
命懸けのイタズラだぜ。
死ぬほど迷惑だけど。
なんだか、右手で救って左手で殺す、みたいな感じだ。

「なぁトキジク、さきの話の続きだけど・・・」
姫が不意に口を開いた。
「え? どの話?」
マジでどの話か分からん。
「あんたの記憶の話だよ」
自分の話を忘れるな、と姫に頭を引っ叩かれた。
「あんまり突然に劇的な展開が起きたからな、吹っ飛んだよ、そんなの」
「おまえらしい、な」
クス、と姫は笑った。
「ま、じたばたしたってどう足掻いたってもがいたって記憶が改変されてたって捏造されてたって、オレはオレでしかねーんだからしょーがねーだろ。今あるものでやってくしかねーよな」
「不安じゃないのか?」
「だから、そんな事言ってられねーだろって。偽物だろうがなんだろうが、オレにとっては真実であり事実であり、感情や五感を伴った実体験でしかねーんだから。それらの上に成り立ってるのが今のオレなんだからさ、それを否定したら、こうして喋ってるオレはあり得ない訳だろ? だけど実際に存在してる訳だからさ、否定しようがねーって、さ。そーいうーことだ」

「そのいい加減さが、おまえの特質で、一万年一貫して生き続けていられる理由かもしれないな」
姫はどことなく嬉しそうに言った。
「おお、珍しく素直に褒めるね~」
「はぁ? バカにしたつもりなんだけど?」
おーっと壮大な名誉棄損出たなぁオイ!!
「平たく言えば頭が悪いってことだよ」
「わざわざの解説痛み入ります!!」
思わず敬礼しちまったぜ。

「オホン、ゴホン、エヘン!!」
突然の咳払いに驚く。
見るとうずくまっていた仕さんが立ち上がった。
「えーっと、あー」
どうやら言葉に詰まっているらしい。
さもありなん・・・。
「ツカウさん、もう大丈夫ですか?」
姫がいたわりの言葉をかける。
「あ、はい、姫。まったくみっともない姿をさらしてしまって、申し訳ありません。これではお目付け役失格です」
「自分を責めないで。あのような存在の前では、仕方のないことです」
「そう、アレは、いったい何だったのですか!?」
仕さんは姫に詰め寄る。
「あんまりまともに考えちゃダメっすよ。まともに相手しても、ね」
そう口を挟むと、仕さんは鋭い視線をこちらに向けてきた。
「トキジク、おまえはアレを知ってる風だったが、どういう訳だ?」
「訳も何も、ちゃんと言ったじゃないすか、ウチの高校の先生だって」
ツカウさんは一通り睨みを効かせた後、このことはスメラギ及び日抱見(ヒダキミ)に報告するつもりだ、と釘を刺してきた。
「どうぞご自由に」
何気なくそう答えたが、非難がましく聞こえたかな?と少し後悔した。
別にオレには関係無いことなんだよな。

「菊桐姫、邸に戻りましょう」
仕さんが姫に向けて手を差し伸べた。
「申し訳ないけれど、私はこのトキジクに送ってもらいます。それが彼の責任であり、務めですから」
ん? 責任はまぁイイとして、務め?
なんかオレ、使用人みたいだなぁ。
しばらく黙った後、仕さんは「仕方ありませんね」と手を戻した。
「トキジク、何があっても菊桐姫を無事送り届けるんだぞ。おまえの命に代えても」
オレより姫が大事かよ。
まぁ、しょうがないけど、ツカウさんの立場上。
「しかと承りました」
なるべく皮肉っぽくならないように気を付けたが、そう考えると変にぎこちなくなって余計におかしくなってしまうというループにはまった。
ダメだ、もう何も考えまい・・・。
そしてツカウさんはオレに睨みを利かせたまま姿を消した。

再び渚に二人きり。
ようやく、といった感じで、二人で軽く溜息をついた。
なんだかいっぺんにいろいろありすぎて長かった・・・。
「フフフ、疲れたって顔してるな」
姫が微笑みながら言った。
「あたりまえだよ」
「私もだ」と姫が応える。
その割には随分と清々しい顔をしているような。
「そうだな、終わってみれば、何故か楽しかったと思える。こんな気持ち、久し振り、、、、いや、初めて? それは大袈裟か・・・」
先生の言う事も、あながち間違ってもいない。
姫の声は、とびきり美しい。
それに笑顔も。
傾き始めた午後の日射し降り注ぐ渚で、眩しく笑う菊桐姫。
豊かな黒髪が、潮風にあおられ、波打つ。
うん、悪くない。

「さてっと、ほんじゃそろそろ帰りますか」
オレは両腕を上げ、思いっきり体を伸ばしながら言った。
「そうだな」姫が頷く「トキジク、頼む」
「りょーかい」
ツカウさんに約束させられたし、気を付けて帰りましょーっと。
ほんで、戻ったら確かめたい事もあるしな。
「彼の事か?」
すかさず姫が口を挟む。
もう遠慮ねーなぁ。
別にイイけど。
「ああ、春日麿に会って、確かめる」
オレの気持ちを。
記憶とかなんとかひっくるめて、な。



私立日高見学園(5) 万木非時

瞬間移動で龍樹先生の背後を取った奇杵仕(クシキネ ツカウ)さんが、先生に土下座謝罪を迫って3秒のカウントダウンを終えようとした時、突然太刀を握る仕さんの右腕が爆発し、肉片となって飛び散った。
まるでスプラッタ。
あまりにも唐突だったので、自分の腕が爆ぜ失せた事を認識し受け入れるまで仕さんは数秒を要した。
「うっ・・・・・、あ、・・え?、、、ええ?? ええええええああああああああああああああああああああああああああああああああがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「たく、腕の四本や五本で、うるさいなぁ」ド素人のさむい宴会芸でも見る様な目で先生は叫び声を上げる仕さんを見つめ、砂地に落ちた日本刀を拾い、高々と振り上げた。「ちょっと黙れ」
その前に、人間に腕は四本も五本も無い。

「やり過ぎなんじゃないですか 先生」
いつも通り普段通りの冷静な声で姫は言った。
「ん? そうかい?」
先生は砂浜に肩口を押さえながらうずくまる仕さんへ向けて振り下ろそうとした太刀の動きを止め、楽しそうに微笑む。
「場合によっては死に至る事もあるんですよ?」姫の表情は変わらない。「幻覚であっても」しかし声には重々しい威圧感があった。
「ああ、そうでしたね。この私としたことが、うっかりしていました。そうそう、死んでしまう可能性も無きにしも非ずなんですよね☆」

仕さんの腕が爆発したのは、龍樹先生が見せた幻覚だった。
実際には何も起きていない、失われていない。
オレは基本的に五感や脳に対する侵食攻撃が効かない。
幻覚など見えたりはするが、オレの特殊な脳がそれをちゃんと現実ではないと認識し、選別してくれる。同時に多重の現実を認識し、理解出来る。
まったく便利な脳ミソだ。
加えて人類最強クラスのテレパスであろう姫には幻覚洗脳などは効果が無いといって等しい。
にしても、その姫にある程度影響を与えているんだから、先生の力は常軌を逸している。

そして問題なのが仕さんだ。
仕さんの母親は水分家出身で、その子である仕さんは強力ではないにしてもある程度テレパシー能力を受け継いでいる。
だからその力で姫の行動を補足し、瞬間移動で追ってこれた。
だからこそ姫のお目付け役兼ボディーガードが務まると言ってもいい。
しかし仕さんのメインスキルはあくまで瞬間移動であって、テレパスとしての強さは良くて中の下。
一般的にテレパス同士ではお互いに力を打ち消し合ってしまうが、一方の力が圧倒的に勝っている場合、劣る方は力の影響を必要以上に受けてしまう。
自分のテレパシー能力が逆に呼び水になってしまうのだ。
今の仕さんがその状況に真っ只中な訳で。
だから仕さんはこの幻覚から自力で抜け出すことは非常に難しいだろう。
いや、幻覚だと気付きすらしない。
彼にとって腕が爆散したことは、現実以外のなにものでもないんだ。

「彼に非があって、先生は悪くなくても、悪戯が過ぎます」
姫はそう言って、右手を中空で払う仕草をした。
まとわりつく虫でも追い払うような。
すると、この空間に充溢していたプレッシャーがふっと掻き消えた。
当然、幻覚も消えた。
「わぁお☆」
龍樹先生はかるく感嘆の声を漏らす。
姫はすぐさま砂の上にうずくまる仕さんに駆け寄る。
「ツカウさん、もう大丈夫です。心をお鎮め下さい。すべては幻覚でしたから・・・」

「お姫様、なかなかどうしてやりますねぇ☆」すかさずオレの所に近寄ってきた龍樹先生が囁く。「あれでまだまだ実力を隠しているご様子だ」
「全力を出さなきゃならない状況なんてそうは無いんだよ。だいたいあってたまるか」
「出さなくて済んできた、じゃなくて、出したくなかったんだろ? 君と同じく」
意味深にニヤリと笑ってオレの目を覗いてくる先生。
「ん、そりゃどういう意味だよ?」
「別に。ていうか皆さんいろいろ考え過ぎなんじゃないのかなぁ。あれこれ気を遣ったってどーせその内否応無くすべてが有耶無耶になって形振り構っていられなくなる時がくるんだけどさ」
なんだか聞き捨てならない事をあれこれ言ってるが、とりあえず肝心要のところは反論しておこう。
「それでもはみ出したくないんだよ、しがみついていたいんだよ、壊したくないんだよ。世界中の殆どに人間が味わって享受している日常を、共有したいんだ!! もし期限があるなら、なおさら楽しんでおきたいんだ!!」
「そんなものなのかい?」
「え?」
「君が切実に渇望している日常っていうのは、頑張って頑張って頑張って細心の注意を払って気を遣っていないと、君を排除してしまうほど不寛容なのかい? 君を振り落としてしまうほど残酷なのかい? 君に潰されてしまうほど脆弱なのかい? 思い上がりにもほどがあるよ。君が属している日常をなめるな? どう足掻こうと日常は君を呑み込むし、君を絡め捉えるし、君が何度壊そうと何度でも再生し立ち上がってくるだろう」
「ふざけんな。どこから来たかも定かじゃないぽっと出が、オレ等の日常のなにがわかるっていうんだよ!! だいたいあんたが善人面して人間の日常を擁護するな!!」
思わず、勢い余って大きな声を出してしまった。
悔しかったんだ。
情けなかったんだ。
あんな奇妙奇天烈魑魅魍魎みたいな奴に、図星を突かれたことが。

「フフフハハハハ!! 随分と誤解されているみたいだねぇ。私は善ではないが、だからと言って悪を気取っている訳でもない。さっきも言ったろ? 私は君達を惑わし迷わしかどわかしている。そして私の言葉で、行動で、君たちが右往左往するのを観ているのがなにものにも替え難い愉悦なんだよ。
だから私が善い事を言っていても、善い行動をとっていても、悪い事を言っていても、悪い行動をとっていても、そのどちらでもないし、どちらを求めている訳でもない。
覚えておいて欲しい。
私は『這寄る混沌』と呼ばれている事を。
それを踏まえて言っておこう!!
君達が日常を信じてやれなくてどうする?
君達が日常を支えてやれなくてどうする?
君達が日常を守ってやれなくてどうする?
ウダウダ言ってないで体を動かせ!! 汗をかけ!!
傷付けて、傷付けられて、泣いて笑って叫んで倒れて、それでも一歩進んでみろ!!
さぁこの卑しき私の言葉を噛み締めて悔しがれ、恥を知れ、自己を呪え!!
アーッハッハッハッハッアァァーーーー!!!!愉快爽快!!」
龍樹先生は、長々と口舌たれた後、砂浜が軋むような、波が乱れるような、おぞましく壮絶で狂気な笑い声をあげた。

いったいなんなんだ、この存在は。
まったく計り知れない。
まるでスメラギを相手しているような近似感。
「おーっとそれから、美しき姫、君は声だって素敵なんだから、鬱々と心に閉じこもっていないで、もっと喋れば良いと思いますよ!! その美声でこの私めを罵り、誹謗中傷罵詈雑言に浴したいものです☆」
今となってはアンタの言葉すべてが胡散臭い。
「ああ、堪らない!! その「信用ならない」という薄っぺらな目で見られるのは無上の喜びです☆」
ほとんど踊りだしそうなテンションの高さのまま、先生は姿を消した。
文字通り、消えた。
一瞬で。
もはや先生がなにをしても、なにが出来ても驚きではなくなっていた。

潮風吹き付ける梅雨の晴れ間の海岸に、オレと姫とようやく回復してきた仕さん、三人が取り残された。
まるでジャンボ旅客機でも墜落して大惨事を目の当たりにした後、みたいな感じだ。








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プロフィール

HN:
藤巻舎人
性別:
男性
趣味:
読書 ドラム 映画
自己紹介:
藤巻舎人(フジマキ トネリ)です。
ゲイです。
なので、小説の内容もおのずとそれ系の方向へ。
肌に合わない方はご遠慮下さい。一応18禁だす。

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