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藤巻舎人 脳内ワールド

藤巻舎人の小説ワールドへようこそ! 18歳以下の人は見ないでネ

   

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私立日高見学園(13) 瓜生襷

冷たい霧雨が敷き詰められた鉛色の空の下、田畑が続く田舎道を走る。
頭を覆うパーカーのフードが雨を吸って重い。
梅雨冷ってやつなのか、最近やけに涼しい。
むしろ寒いといってもいい。
来週からは7月だというのに。
今月からは朝走る距離を6㎞にしている。
途中での体術エクササイズも入念に、より本格的にやるようにした。
理由は明白。
先月のテロリスト立て籠もり事件。
それと前後しての龍樹先生の出現、御祖家周辺の不穏な動き。
いや、もっと前の、スペースシャトル墜落事故も含まれる。

この場所に、再び動乱の気配が漂っている。

ざわつく心と体。
テロリスト事件の際、一時的にスポットをビーストもとい阿弖流為に明け渡して以来、どこか変だ。
精神不安定でも体調不良でもない。
むしろそれらは良い、あるいは研ぎ澄まされていっている感じすらある。
ビースト化の副作用なのか?
しかしこんな事は今までなかったんだが・・・。

最近あれこれと考える事が多過ぎる。
早朝のロードワークも半分くらい上の空で終わってしまった。
もっと集中しないとな。
気が付けば自分のマンションの前だ。
湿ったフードを上げ、濡れた顔をパーカーの袖で拭う。
階段を使って、住んでいる部屋のフロアまでのぼる。
体を酷使する。
オレの体、肉体。
魂の容器。
これくらい使わないと、肉体感覚が希薄になっていきそうで怖い。
オレの中には余りにも多くのものがあり過ぎる。

息を弾ませながら、鍵を取り出して玄関のドアを開ける。
「お帰りなさい、タスキさん☆ シャワー浴びます? 朝食にします? それとも~」
ドアを開けた途端、面足千万喜が勢い勇んでまくし立ててきた。
「おい、コラ!! おまえ朝食は誰が作ってると思ってんだ!!」
廊下の奥から顔だけ出して、九条魚名が怒鳴る。
「ちょっと~、勝手に居着いた居候は黙っててくれます~?」
千万喜が振り向きもせず言い返す。
「おまえこそ無理矢理押しかけてきたんだろ!?」
「無理矢理とか意味わかんないんですけど~」
「わかった、おまえはバカなんだな、そうなんだな!」
「ささ、タスキさん、陰気な使用人は放っておいて、早くお上がりになって着替えましょう☆」
「し、し、使用人、だ、だとー!?」
九条の怒りを無視してオレの手を牽く千万喜。

ああ、うるさい。
オレの静謐で清澄な独り暮らしはどこへいった?
どうしてこうなった?
いや、まぁ、オレが悪いんだけどな。
オレ自身が招いたことなんだけどな。
ん?
いや、待て?
九条はともかく、千万喜は勝手に押しかけてきたんじゃなかったか?
「ん? どうしました? タスキさん☆ 何かおかしな事でもおもいつきましたか?」
純真すぎて眩しいくらいの笑顔で問質してくる千万喜。
まるで仔犬だ。
どうかしましたか?ご主人様、変な顔して。そんな事より僕と遊んで下さいよ、的な。
「ハイ、タスキさん。着替えとバスタオル、置いときました。6月とはいえ雨だと寒かったでしょ? 熱いジャワー浴びて、体あっためて下さいね。じゃないと風邪ひきますよ☆」
追い打ちをかけるように有無を言わせぬ笑顔を見せ、千万喜は脱衣所のドアを閉めた。
ドアの向こうで千万喜と九条との更なる口喧嘩の応酬が聞こえてくる。
日常となりつつある、いやむしろ既に日常として繰り返されている風景。
オレは軽く溜息をついて服を脱ぎ、浴室に入った。
確かに、シャワーでも浴びないと体が冷えていた。
千万喜のやつ、気の利き方がハンパないぜ。
つーか、怖い。
そしてシャワーの後には、九条の淹れた手挽きのコーヒーが待っている。
これがまた怖いくらいに美味いのだ。
それもまた日常になりつつあるのだ。
怖いくらいの日常。
日常であることの怖さ。
日常だからこその怖さ。
日常になってしまった怖さ。

九条魚名。
私立日高見学園高等部2年生。
日本人らしいが、生まれも育ちもアメリカ合衆国。
そして元米国の諜報員だ。
高校2年生にして諜報員だなんて非現実的に思えるかもしれないが、
れっきとした事実だし、それが現実というものだ。
ありそうもない事でも、案外軽くありえるものだし、ありえるようになってしまうものだ。
いきさつは知らないが、幼少時から国の施設で育てられ、
諜報員としてのあらゆる訓練を受けた。
対日高見用として。
計画通り、九条は日本の日高見の地に送られ、この土地の小学校に転入してきた。
それから今まで、この日高見の土地で情報収集に明け暮れてきた。
日高見の隠された事実と御祖家の動向を。
小中高生の日常に隠れながら。
自分の本性を隠しながら。
友達も先生も、学校も地域社会も、すべての生活を、偽って、偽って、偽って、騙して、騙して、騙して。
慣れても、親しくしても、それは偽りでしかなかった。
結局最後には裏切るのだ。
だから隠してきた。偽ってきた。騙してきた。
それが九条魚名の先月までの人生だった。
先月九条は、原因不明の日高見の結界喪失にともなう米軍の強引な実力行使・占領作戦における陽動として、お膝元である日高見学園高等部へのテロリスト侵入の手引をしたのだ。
その途中で、九条はオレに接近し、どさくさに紛れてオレを拉致し、拷問した。
何故なら、このオレも米国から送り込まれたスパイであり、そして裏切り、逃亡していたからだ。
ま、逃亡というのは語弊がある。
別にどこにも逃げなかったし、そのままこの土地に居着いていた訳だから。
それに、九条は米国直属だったのに対し、オレは米国に雇われた、フリーの工作員だったってことだ。
フリーの工作員なんて聞こえはいいが、実態は仕事が終われば潜入先の関係を躊躇なく断ち切り、依頼を受ければほいほいクライアントを変える、常に裏切り者の人生だ。
だから、オレは九条の心情が分かる。
痛いほどに。
分かり過ぎるほどに。
だから米軍による日高見侵攻作戦が完全に失敗に終わり、国に雇われた暗殺者に廃棄処分にされそうになったのを助け、この土地で行き場を失った九条に、オレのマンションに来るように誘ったんだ。
少なくとも新しく住む場所が決まり、生活の目途が立つまでくらいには、ここに住めと。
同情?
ないとは言えない。
むしろ責任だ。
あいつは、平然と裏切り、平気で学生生活を送っているオレが羨ましかったんだ。
救ってやるとか、そんなおこがましいことじゃない。
ただ、分かり過ぎるから。
三千年も裏切り続けてきたオレだからこそ・・・。

「タスキさん!! いつまでシャワー浴びてるんですか? 早くしないと学校に遅れますよ☆」
シャワーを浴びながらぼんやりと考え事をしていたら、アコーディオン式の浴室のドアを開けて、千万喜が急かしてきた。
「うお!! なに普通にドア開けてんだよ、まだシャワー浴びてるっつーの!!」
「別にイイじゃないですかぁ、男同士なんですし☆」
「おい、おまえ悪そうな顔で笑うな。ほぼ敵キャラだぞ。ていうか男同士だったらなんでもアリみたいに言うな」
「え? アリじゃないんですか?」
「ボーダレスは国境だけにしてくれ」
オレはそう言って風呂場のドアを閉めた。
そしてもう一人の同居人、面足千万喜。
こいつは、うん、成り行きだな、成り行き。
そうとしか説明出来ない。
不可能だ。








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私立日高見学園(12) 児屋根春日

大学キャンパスの広場で、スズシさんが日本刀を頭上にかざした。
「そろそろイイぞ、妙見!!」
その声に呼応するようにして、スズシさんの背後の風景にひびが入った。
まるで卵の殻みたいに。
だけど、有り得ないよね?
なにも無い空中に、ひびが入るなんて。

「よ~く見ていろ。これがおまえ達がこれから付き合っていく現実の一端だ」
香久夜さんが自慢気に言った。
何故に自慢気?
空間に入ったヒビから、黒煙が、というより墨汁というかイカの墨みたいな質量感のある闇がムクムクと溢れ出し、刀をかざすスズシさんの体を覆っていく。
「ハハハ!! じゃぁな、スメラギ!!もっと遊んでやりたかったけど、オレもいろいろ忙しくてねぇ」
その時、香久夜さんが叫んだ。
「トナウ!! 放っておけ!!」
見るとスズシさんのお兄さんであるらしいトナウさんが、腰の刀に手を掛けて、今にも飛び出して行きそうな体勢をとっていた。
香久夜さんは、それを制したのだ。

小さな雷光のような火花をチラつかせた闇にスズシさんの体は完全に呑まれ、やがて背後のヒビへ吸い込まれ、跡形も無く消えてしまった。
「ふん、ようやく往ったか」
香久夜さんが面倒臭そうに呟いた。
すべての気配が消えた後、トナウさんがこちらを、正確には香久夜さんを見た。
「トナウらしくなかったじゃないか。兄の立場は棄てきれんか」
「それもありますが・・・」
「あいつの持っていた太刀。気付いたか?」
「ええ、ただならぬ気配が」
「あれは、『荼毘丸』だ」
トナウさんは無表情のまま答えない。
「スズシがウチから持ち出したんだったな」
「申し訳・・・、これは奇杵家の失態」
「良い。別に責めている訳ではない。次の機会には手厚く盛大にもてなしてやれ」
香久夜さんが楽しそうに笑う。
「はい」トナウさんは軽く頭を下げた。「では、警戒を継続しつつ、事後処理にあたります」
「ま、もう大丈夫なようだがな、適当に収めてくれ」
うーん、なんだか香久夜さんがもの凄く偉そうだ。
いったいこの土地はどうなっているのか。

「かーぐーやー、てぇーめー」
背後から聞き慣れた声が聞こえてきた。
振り返ると、そこには万木君が居た。
トナウさんと同じように、あの裏山の時と同じように、刀を帯びて。
「おお、トキジク、遅かったな。メンタリスト☆イリュージョンはもう終わったぞ?」
「そうじゃねーよ。おまえ春日麿をなに危険な目に遭わせてんだよ」
「危険な目ぇ? バカも休み休み言え。あんなもの、羽虫が部屋に迷い込んできたようなものだろ」
「まぁそうだけど・・・」
この2人にかかれば、大抵の事は羽虫程度のものになってしまうのかもしれない。
どんだけ桁違いなんだよ、この2人。

「春日、おまえもそろそろ覚悟と自覚を持ってもらわないとな」
突然、あからさまに怪しい事を言い出す香久夜さん。
「え? と言いますと?」
もうとぼけるしかない。
猛烈に嫌な予感がする。
「トキジクと並んで、オレの片腕となる覚悟とその自覚だ」
「えっと、・・・ぜんぜん意味が分からないんですが!?」
猛然と自分の無能さをアッピールしてみるけど、無理な気がする。
「近い内に、お披露目を考えている。『鏡の臣・春日』と『剣の臣・非時』として、2人で我が左右に侍り、務めを全うすることを切に願う。以前よりもましてな」
ん?
え?
以前?
「ようやく揃ったんだしな、あの時の以来か?」
香久夜さは懐かしそうに僕と万木君を見る。
あの時。
万木君の言葉の端々にも表れる言葉。
遠い遠い昔、想像すら及ばない、1万年以上前のお話。
覚えていない、身に覚えのない、未だ語られていない別の物語。
その時代、いったい何があったのか。
現代にまで繋がる大きな謎。
すべてはそこから始まっているのかもしれない。
少なくとも僕はそう憶測している。
断片的な情報の寄せ集めからではあるけど。

「ま、おまえ等には事実上関係ないんだが、この土地に居る以上、御祖家の連中とは付き合っていかなきゃならんからな、その辺は適当にしてくれ」
御祖家。
香久夜さんの氏姓。
グローバル・メガコングロマリットたるMIOYAグループ。
その裏の顔のように存在する、異能の者達の集団。
それらそべての総帥にして、僕達が通う日高見学園高等学校の理事長、御祖香久夜さん。
彼は僕に片腕となる覚悟と自覚を持てと言った。
魔犬に襲われ、テロリストに襲われ、詭弁を弄する異能者に襲われ、これからいったい何が起こるのか。
錦君。
錦君ならどうする?
怖くない?
僕は大丈夫かな?
遣っていけるのかな?

僕の問いは、虚しく中空に吸い込まれていった。








私立日高見学園(11) 児屋根春日

前方で、ズレた人もといクシキネスズシさんと、そのお兄さんが対峙している。日も傾きかけた大学キャンパスで。
スズシさんはの抜身の日本刀を構え、お兄さんも腰に刀を佩いている。
なんて非日常的な光景。
しかし、先月には高校の体育館ならびに校舎がテロリストと思われる武装集団に襲撃されるし、
その前には、裏山で魔犬に襲われ、香久夜さんと龍樹先生と万木君達の人智を超えた遣り取りも見た。
何よりも、この僕自身、『拒絶』という異能の持ち主であると告げられ、図らずもその力を使っている訳で・・・。

「あ、あの、香久夜さん? いったい、ここで何が起こっているんですか?」
遅すぎるとは思うけど、僕は核心に迫る疑問をぶつけてみた。
「ふん、そうだな。おまえも、ここで何が起き、ここがどういう場所なのか、その一端を知っておく良い機会だ」
香久夜さんは僕を値踏みするみたいに見つめ、試すように笑った。
吸い込まれそうな程に力強い目。
気を張っていないと、意識が持って行かれそうになる。
怖い。
と感じた瞬間、いきなり頭の中に様々な声が響き出した。

『現在、対瞬間移動用結界及び空間歪曲防壁を展開中』
『封じ込め急げ!! だいたいなんでみすみす侵入を許した!? テレパス連中はどうした!?』
『どうやら奇杵冷は抗精神感応体質のようで、通常索敵に一切引っ掛かりませんでした』
『スメラギ御本人自らの通達だったとは真か!?』
『想定外などとはあってはならんのだぞ!』
『尚、現場には既に不可視及び隠蔽結界が張られている模様』
『唱様が対処しています』
『奇杵冷の情報を送ります。データは日高見を出奔した当時のまま更新されていませんが、現在入手出来るものはこれだけです。戦闘能力Aランク、複数の能力を保持。これはかつての「トコヨ計画」に・・・』

「と、ざっとこんなトコだが、どうだ?」
香久夜さんが言った。
だがしかし、さっぱり分かりません!!!
同時に頭の中でいろんな人が一気に喋ってる感じで、
ほとんど聞き取れなかったし理解出来てません!!
「ほう、やれば出来るじゃないか、あっはっは」
ちょっと、ワザとですよね?
僕がまったく無能だということを嘲笑ってるんですよね?
ヒドイやヒドイや。

「逃げられはせんぞ? スズシ」
とお兄さんは言う。
「何故逃げると? 唱(トナウ)の兄上。オレはただ実家に帰ってきただけなのに」
「ならば歓迎しよう。物騒な物は仕舞って、邸に来い。夕餉の準備はさせてある」
「はっ。本気ですか? 兄上。これだからあんたは・・・まぁイイや」
「どうした、おまえの好物は全部揃えるぞ?」
「オレ、好みは変わったんだ」
「年月は人を変えるものだ」
「そうそう、名前も変えたんだ。今は『十曜(ジュウヨウ)』って名乗ってる」
「ジュウヨウ・・・?」
「そっ。聞いたことくらいあるんじゃないかな? 星辰会の十曜ってね」

「あの、このままでイイんですか?」
僕は香久夜さんに訊いた。
「このままとは?」
「いえ、あの、スズシ?さんと、お兄さん、二人だけで放って置いて。なんだか気まずい雰囲気みたいですけど」
壮絶な兄弟喧嘩に発展しそうなんですけど。
「別にイイんじゃないのか? 何とかするのは他の奴等の仕事だ。オレには関係無い」
関係無いんですか。
なんだかすべての中心に居るのは香久夜さんなんじゃないかと思えるのですが。
「超越者はいろいろ不自由でもあるんでな」
と香久夜さんは嬉しそうに呟いた。
うーん、その不自由を楽しんでいるようにしか見えない。
「おいおいおい。不自由あっての自由だろ? 光が無ければ影も無い。上が無ければ下も無い。金持ちが居なければ貧者も居ない。それと同じ、不自由が無ければ自由は無い」
にわか禅問答みたいのではぐらかされてる気がする。

「さて、兄上、そう呼ぶのもこれで最後になると思うけど、そろそろお暇させていただくことにするよ」
「つれないことを言うな。折角の再開なんだ、もっとゆっくりしていきなさい。美味いみたらし団子があるんだよ」
「ふふふ、変わらないなぁ、あなたは。願わくば、これからもそうあって欲しい、って言いたいところだけど、ま、無理なか?」
「私はいつも変わらずにおまえを待っている」
「変わるよ。 これから、この地も、世界も、すべてが・・・、オレ達が変えていくんだ」
「おれ、たち・・・?」
「さっ、長居は無用。今日は挨拶だけのつもりだからね」そう言ってスズシさんは刀を持った右手を頭上にかざして叫んだ。「そろそろいいぞ!! 妙見!!」
その声とに呼応するかのように、スズシさんの背後の空間に、亀裂が入るのが見えた。
え? 何も無い空間に!?
周囲の風景がぐにゃりと歪む。
『ギーン』っという甲高い金属音が耳の中に響く。

そして、亀裂から、闇が溢れ出した。




私立日高見学園(10) 児屋根春日

「か、香久夜さん!!」
思わず喜びの声を漏らしてしまった。
不覚にも・・・。
肩に廻された手には、ドランゴンみたいな紙ヒコーキが。
隣りには、香久夜さんの笑顔が。
「何道草くってるんだ?」
「え、いや、その・・・」
「おまえはよくよく奇人変人に絡まれるタチだなぁ。ワザとなのか?」
「ワザとって、どうやるんですか・・・」
「こちらが知りたいくらいだ。その厄介な体質改善の為に、ホットヨガでも始めたらどうだ?」
まさかのホットヨガ。
それで改善されるなら今すぐ始めますよ。

「あれ~、おかしいなぁ。メガネ君とは今の今までこちらが話していたのにぃ」
僕と香久夜さんの会話に強引に入ってこようとするズレた人。
しかし香久夜さんが一蹴する。
「あ? 今、我が無能なる弟子とサシで話をしている最中だ。見世物ではないぞ、部外者はとっとと往ね」
あっれ~、あの人を完全無視ですかっ!?
まぁ、僕も余り係わりたくないから良いですが。
「ということで、これ以上クズみたいな事に巻き込まれる前に、戻るぞ」
香久夜さんはそう言って僕肩を組んだままズレている男の人の脇を何事も無かったように通り抜けた。
「ねぇ、クズみたいな事ってもしかして、オレのコト~?」
背後から掛けられる言葉も無視して歩き続ける。
「おい、無視すんなよ」
突然、声が前にきた。
いつの間にかズレた人は僕達の正面に立っていた。
また、だ。
「なぁなぁ、カグヤって、あれでしょ? 御祖香久夜。オレ知ってるよ? 久方振りの『スメラギ』なんでしょ? すっげー」

どうするんだろう、これ以上無視しようがないんじゃないだろうか。
と思った僕はまだまだ甘かった。
香久夜さん、それでもズレた人の脇を通り過ぎた。
フツーにスルーしたよ!!この人!!
しかし、更に僕等の前に立ち塞がるズレた人。
負けず嫌い!?お互いに。
「おい、いつまでもそんなガキみたいな手が通ると思うなよ?」
ゆらりと伸ばしたズレた人の手には、日本刀が握られていた。
え? どこから?
「そこらを歩いてる人畜無害な学生どもを、コレで軽く引っ掛けてもイイんだぜ? それでもアンタはガン無視決め込むことが出来るのかい?」 
ちょ、ちょっとこの人とうとう無差別通り魔宣言しだしましたよ!?
ど、どうするんですか? 香久夜さん!!

「そうムキになるな。別に無視などしておらんよ」香久夜さん、穏やかに言ってるけど顔がニヤけてますけど。「おまえが邪魔なだけだ」
言っちゃった。
余計な事言っちゃった。
「へ・・・、へ~」うわ、あの人顔引きつっちゃってるんですけど。「このオレに向かってそういう口の利き方するんだぁ」
「ふん。誰に対してもこんな口の利き方だぞ、気にするな、奇杵冷(クシキネ スズシ)」
え? クシキネスズシってズレた人の名前?
香久夜さん、この人の事知ってるの?
「ははっ。オレのとうに捨てた名前を、時のスメラギ様に知って頂いているとは、光栄だね。しかしねぇ、スメラギっていうのはどうも話でしか聞いたことのない存在な訳で。ホントのところ、どうなのかぁ、そのジツリョクってやつはさ!!」

斬られる!!
っと確実に思ったけど、無事だった。
何故かスズシさんの動きが止まった。
何がどうしたんだろう、香久夜さんがなんかしたのかな?
でも違うらしかった。
日本刀を構えるスズシさんの後方に、明らかにこちらに近づいて来る男の人が見えた。
灰色の着流し、腰に佩いた日本刀。
まるで時代劇に出てくる剣客だ。
「おまえの様な奴に、わざわざスメラギが手を下す事もなかろう」近づいて来る人が言った。「え? スズシ。数年振りに姿を見せたと思ったら、なんだその体たらくは?」
随分と旧知の仲のような口調。
「ふん、久し振りですねぇ、兄上!!」
スズシさんが振り返えることなく答える。
こちらに向けたままの顔が残酷に笑う。
きょ、兄弟なんですか? お二人は!?

『おい、春日』
不意に香久夜さんの声が聞こえた。
驚いて顔を横に向けたけど、口を開いた気配が無かった。
念話らしい。
『どうしたんですか?』
『人払いを頼む』
『えっ?』
『最大限の範囲で人を寄せ付けるな』
『そ、そんな。急に言われても、無理ですよ!!』
『おまえはバカか? オレが出来ない奴に無理難題を押し付けると思うか? 出来るから言ってるんだ。無理じゃないから頼んでいるんだ。おまえはこの御祖香久夜の弟子だろ? 自信を持て。自分が信じられないのなら、オレを信じろ。』
変な話だけど、自分を信じられなくても、香久夜さんなら信じられる気がした。
この人が言うのなら、可能なんだろう。
そう思わせてしまう、信じさせてしまう、どこまでも深遠で深淵。
傍若無人で絶対無比。
そんな人に、信頼されているなら、出来る気がする。
そう、僕は出来るはず。
香久夜さんが居てくれるなら、怖くない。
この人に比べたら、自分の力など怖くない。

ああ、僕は自分が怖かったんだ。
僕は受け入れる。
自分への恐怖を受け入れる。
世界への恐怖を受け入れる。

うん、怖くないんだ。
香久夜さんが居る。
そしてみんなが居る。
僕は独りじゃない。


『上出来だ』
え?

気が付くと、周囲から僕達以外の人影が消えていた。
この広場のどこにも。

『これでこの広場には誰も居なくなったし、誰も近づこうとしないし、ここで起こっていることは見られないし気付かれない』
そういう事なんだ。
それが結界。
『よくやったぞ、不詳の弟子よ』
香久夜さんの心の言葉が、あたたかく心地よく、胸を満たした。



私立日高見学園(9) 児屋根春日

あまり進展のないまま香久夜さんとの特訓を終え、理事長室がある大学の管理棟を出た。もう夕方だけど、まだまだ大学構内には学生が大勢居た。
まぁ、高等部とは違うよね。
さて、寮にもどろうかな、と思って歩き出してからふと立ち止まり、折角だしとりあえず復習として、周囲を拒絶してみた。
以前は、自覚がないまま世界そのもの拒絶していた。
だけど香久夜さん曰く、「おまえが本当に本気で心底本領発揮して世界を拒絶したらあんなものでは済まない」という事だった。
だから止めておけ、と。
むしろ禁止事項にされた。
今ではやろうと思っても出来ないと思うけど。
だから今はなんとなく人目を避ける程度にしてみた。

大学生達が往来する広場で立ち止まり、静かに人を拒絶する。
昔みたいに、人を嫌ったり、怖がったりではなく、
ただ自然に、穏やかに、だけど毅然と、周囲の空間に、僕の意思を与える・・・。

ハッと気づくと、僕が立つ半径御2mくらいの円の中に人は誰も居なくなっていた。
歩いている誰もが、ごく自然に、何気なく、僕の周囲を避けて通っていた。
偶然ではない。広場とはいえ、今立っている場所は芝生と建物に挟まれた広めの通路のようになっていて、僕の周囲を避けて歩くにはかなり意識しないと無理があるのだ。
それをみんな無意識に避けて歩いていく。
ま、これが基本中の基本、ようやくスタートライン、ってところなのかな。
香久夜さんに言わせれば。
僕はふぅと息を吐いて、一安心する。
出来ない訳じゃないことが分かったから。
それでは、そろそろ本当に帰ろうかな、と顔を上げた時、
人波の向こうに、こちらをじっと見つめて立っている男性と視線が合った。

え? あの人、僕をずっと見ていたの?

ひょろっと背が高く手足が随分と長い、華奢な痩躯。
白のポロシャツに黒いズボン、靴。
なんだか上から吊るされてるみたいに微妙な姿勢でゆらりと突っ立っている。

僕が見えていたのか?
僕に気付いていたのか?

確かに、この距離なら力が及ばないのかもしれない。
今僕は、見えなくなっている訳じゃなくて、避けられているだけの状況なのかもしれない。
だから、視られていてもおかしくはないのかもしれない。

だけど、何故視られているの?
僕の力に、僕の影響に、気付いている?

そして、こちらを視ている男の人が、ちょっと体を動かしたので、こっちに来る? と思ったら、いつの間にか目の前に居た。

え?

「君、面白いねぇ」大人の人にしては高い声。「うわ、近くだと変な感じするわぁ」
さっきまでの距離、大股でも十歩はかかる。
それを一瞬で詰めてきた。
何が起こったんだ?
瞬間移動、みたいな?
まさか。でも香久夜さんの例もあるし。
あ、もしかして、万木君と同じ・・・・?
「ねぇ、それどうやってんの? もしかして、御祖の人間?」
ポケットに両手を突っ込んで、身を屈めて僕の顔を覗き込んでくる。
真っ直ぐに僕を見ている筈なのに、その視線はどこか遠くを見ているようだ。
まるで僕を透かして、背後の何かを見ているみたいな。
何かがズレている感じ。
視線、声、姿勢、態度、雰囲気。
もしかしたら、すべてがズレでいるのかも。
こんな人、初めてだ。

香久夜さんは僕みたいなおかしな能力、『異能』を持つ人を管理、監視、あるいは集めているみたいだから、もしかしてこの人もそういう関係なのかな?
「ねーねー、どうなの? もしかして喋れないの? それともオレの事が嫌い? あー、分かるわーソレ。大抵の人から嫌われるんだわ、オレ。でも、知ってる? 他人の嫌いな部分って、自分の中の嫌いな部分なんだよ?」
ずっと僕を見ながらはなしているのに、相変わらず視線が合わない。会話もどんどんズレていく。
永遠の行き違い。
永久に交わらない。
そんな不毛な感じを与える人。
「もし君がオレに嫌いな部分を見つけたなら、それは君自身が持っている自分の嫌いな部分なんだよ、分かる? だから君は醜い♪」
「え?」
「他人の嫌いな部分って沢山あるよね? でもみーんな君の嫌な部分なんだよ? 君の中になる、いやーな、そしてみにくーい部分」

僕は不覚にも、この人が嫌いだ、と思ってしまった。
そう思わされたのかもしれない。
それでも、彼を嫌いだと思った瞬間、自分の中で嫌いな部分がむくむくと育っていくような感じがして、苦しくなった。悔しくなった。
ダメだ、ぼ、僕は、、、誰か・・・・。
その時、突然誰かが僕の首に腕を廻してガツっと肩を組んできた。
容赦無く、問答無用な感じ。でも心強い。
「よ~、オレの不肖の弟子ぃ~、忘れモンだぜ~」
僕の顔の横でぶらぶらさせている手には、超絶カッコイイ紙ヒコーキがあった。







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プロフィール

HN:
藤巻舎人
性別:
男性
趣味:
読書 ドラム 映画
自己紹介:
藤巻舎人(フジマキ トネリ)です。
ゲイです。
なので、小説の内容もおのずとそれ系の方向へ。
肌に合わない方はご遠慮下さい。一応18禁だす。

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